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第四十七節 : 闇の訪れ

 第四十七節 : 闇の訪れ


『クソが・・・クソが! クソが、クソがクソが!クソがぁあっ!!』

 声にならぬ悪態を喚き続けていた。

 それしか出来る事が無いからそれを続けた。そうしないと気が狂ってしまいそうだったから。

 あれから一体どの位時間が経ったのだろうか。シガノーはいつ自分は終わるのかという恐怖と闘い続けていた。



「うへぇ・・・邪教徒ってのはやる事がえげつねぇな。」

「さっさとこんな胸糞悪い所おさらばしてぇぜ。いったい何処に落ちてやがるんだよ、余計な手間掛けさせやがって・・・。」

「ひっひっ。こんだけ生首があると一々面を検めるのもウンザリだな。」


 そんな事をぼやきながら冒険者達がシガノーの亡骸を探しに来たのは他の冒険者達が撤退してから大分経ってからだった。

「どうせ死んでるから後でいいやとかお前が勝手に切り上げるから銀翼さんに滅茶苦茶怒られたじゃねぇか。さっさと見つけて来い。」

「へいへい・・・さーせんさーせん、あれはマジで斬られるかと思ったぜ。」

「お、あれじゃねえか? 胴体?」


 切り刻まれていない胴体は割と目立つはずなのだが何しろ血と肉塊の池の中だ。

 全てが赤黒く染まって輪郭すら定かではなかった。ようやく見つけたブツを足で転がして確認する。

「この格好間違いねぇな。よし、任務完了だな。」

「おいちょっと待て、頭も見つけないと本気でやばいだろ・・・探せよ。」

「しかたねぇな。まあ、この近くにあるんじゃないか?」

 そう言いながら一人の冒険者がシガノーの方へ近付いてきた。

 そう、シガノーの首から上の方に。


「お・・・これか?」

 汚い物でも掴むように地面に落ちていたシガノーの頭部をつまみ上げた冒険者が顔を覗き込む。

「うへぇ、見たくもない面だぜ。こんな間抜け面他に居る訳ないよな・・・うわあぁっ!!?」

『ざけんなよ! クソがぁあっ!!!』


「おい、どうした?!」

 叫び声を上げて生首を放り投げた男を見て他の二人が一斉に駆け寄ってくる。

「まじかよ・・・動いたぞ、こいつ。」

 驚いて腰を抜かした冒険者がシガノーの首を指さして言った。

「まさかアンデッド化したのか? 仕方がねぇな、焼くか。」

「おい、また勝手な事すると本当に斬られるぞ、やめろって。」

『クソっ! クソっ!! クソがぁああ!!』


 最初は驚いた三バカ冒険者達だったが、すぐに声無き悪態を続けるシガノーの首を岩の上に置くとその有様をいじり出した。

「はいっ! いつもより多く動かしておりま~す!」

「何言ってんだ? なんか死にかけた金魚みたいに口パクパクしてんぞ。」

「ひっひっひ、笑えんなこれ。なんか食わしてみるか? ・・・・って!!?」

「ん? どうしたよ。」

「やあ、ご苦労様。状況はどうなっているかな?」

 凍り付いた三人の背後にはにこやかに殺気を放つ銀翼が立っていた。

「ひえっ!? 銀翼さん何でここに?」

 慌てる彼らににっこりと微笑みながら銀翼はぽんぽんと背負った大剣の柄を叩きながら答えた。


「うん、少し急いでいるから僕も手伝いに来たのさ。」

「ひぃ~!! 済みませんでしたぁあっ!!」



「しかし・・・本当に生きていたね。」

 銀翼はシガノーの顔を覗き込みながら感心したように呟いた。

「銀翼さん、これ知っていたんですか?!」

「うん、ミュリッタ嬢から守護魔法の効力については聞かされていたからね。だけど本当に邪神の因果の裏をかいてしまうとは驚きだ。」


 それは出陣前、フォルセリアが皆に語りかけていた時の事だった。

 銀翼は皆の様子を最後尾で眺めていた。

 だからミュリッタが気配を隠してそっと赤竜亭から出てきた時にもすぐ気が付いた。だから銀翼は彼女にも出立の挨拶をしようと出向いたのだ。

 そしてその時の守護魔法の準備に入った彼女との短い会話の内容は銀翼にとっても驚くべき物だったのである。


「邪神の因果の裏をかく・・・ですか?」

「うん、ミュリッタ嬢曰く神々の象徴がもたらす因果とは往々にして結果ではなく、その過程にこだわる傾向があるのだそうだ。」

「・・・??」

「つまりは見た目、ビジュアルにこだわるという事さ。象徴であるが故に万人にそれが理解出来る見た目でなくてはならない、と言ったら良いかな?」

「ああ・・・なるほど。意外と親切っすね。」


「そんなつもりは全くないかもしれないけどね。時に因果とは結末をもたらす象徴的なシーンを実現する事であっても、その結果を保証する事では無いらしいという話なのさ。」

「ひひひっ! 神様ってのも随分と面倒くせぇ・・・。」

「今回の件で言うなら邪神の司る象徴は死と恐怖だ。その結末は死と恐怖を象徴する場面でなければいけなかった、だからシガノー君の首は見事に飛んだという訳さ。誰にでも明確に彼が死んだという事が分かるように。」


 銀翼は一呼吸置くと自分の頭の中を整理した。

 そう、ここまでは邪神の因果の思い通りに事が運んだのだ。そしてそれは神の真理、人間の力では抗いかねる領域でもあった。

 現に邪神の因果により放たれた一撃はミュリッタの守護魔法すら貫きシガノーの首を切り落とした。ミュリッタとアグリッサの実力差を考えればアグリッサの攻撃がミュリッタの守護魔法を完全に打ち破るなど有り得ないはずなのに、である。

 そこには何か別の力が働いていたとしか考えられなかった。

 そして、だからこそミュリッタはその因果の及ばぬ所で邪神に勝負を挑んだのである。


「今のシガノー君の状況はミュリッタ嬢の守護魔法に込められた膨大な魔力によって実現している限定的な魔人化だ。生命機能が維持できなくなった場合魔力によって肉体の死滅を防ぐ魔法らしい。邪神の因果は首を切り落とすという普通なら死と同義の状況をもたらす事で達成されたが、それは死そのものではない。彼女の守護魔法はそのわずかな違いを狙って邪神の因果に対抗するために考えられたものなのさ。」

「!!!」

「す・・・すげぇ。さすがは賢者様としか言いようがねぇ。」

「とはいえ、魔力だって無限じゃない。急がないといけないという訳さ。僕は先にシガノー君を連れて戻る事にするので速やかに撤退してくれ。」

「はいっ!!」


 銀翼の乗ったグリフォンが何か汚い物を運ぶようにシガノーの胴体を爪の先に引っ掛けて飛び去っていった。銀翼はシガノーの胴体を背負っていこうとしたのだがグリフォンが物凄く嫌がったので仕方なくそういう扱いになったのだ。

 大笑いしながらその光景を眺めた後、三人組はその場を後にした。


「・・・?」

 目の端で何かが動いたような気がした。なにか背筋が寒くなって振り返った。

 気が付けば陽は傾き斜面に岩が長い影を落としていた。

 何もない、気のせいだ。心の中で自分にそう言い聞かせながら三人は足早にその場を立ち去ったのであった。



 暫し後、赤竜亭は談笑する冒険者達で溢れていた。

 動く生首を見た者達は気色悪さに悲鳴を上げるか吹き出すかのどちらかであった。

 ティモの前に運ばれた首と胴体が合体する瞬間を見ようと集まった冒険者達の顔には笑顔が戻って来ていた。


 すでに大半の冒険者が赤竜亭に帰還し、重傷者は全てティモの治癒術によって治療が終わっていた。ミュリッタのおかげで致命傷を負った者はシガノー以外にはおらず終わってみれば戦いそのものは赤竜亭側の大勝利と言うしかなかった。

 そして死んだと思われていたシガノーが何とか一命を取り留めている事が分かると冒険者達は一気に戦勝祝いへと突入したのである。


 なにか得体の知れない者を呼び覚ましてしまったかもしれない、そんな気持ちは皆心の隅に残していた。

 だが本来、今回の戦いは百狼戦団のチンピラ共の殲滅が目的である。その点について目的が達成された事は疑いようもなかった。これ以上彼らが戦わなくてはいけない理由は少なくとも今は無かったのである。

 自分達が勝てなかったと認識出来ているのはフォルセリア以下、ガルドーの手強さが身に染みたごく一部の人間だけであった。


 だが、ここからは大軍を並べて勝てる勝負ではない。

 今回の戦いに一旦区切りを付け、表向きだけでも勝利で終わらせる事もまた必要であった。



「それにしても随分手ひどくやられたわねぇ。」

 そう言いながらシガノーの首と胴を仔細に調べていたのはミュリッタだった。

 ミュリッタも銀翼と考えていた事は同じであった。

 アグリッサにミュリッタの守護魔法が破れる訳は無い。明らかにそれ以外の力、邪神の因果によってこの状況は引き起こされていた。

 逆に言えばこれはミュリッタの守護魔法が邪神の因果からシガノーを守ったという事を意味していた。


 そもそも死というのはかなり曖昧な定義なのである。例え心肺が停止しても適切な処置を行えば蘇生する事もあり、それだけでは死とは言えない。生物を完全な死へと追いやるにはかなりの時間を要するのだ。

 だから一瞬で顕現する死の象徴という物が確実な死では無いという事は予測出来てはいた。これは正にそれが証明された非常に貴重な事例なのだ。

 ミュリッタは詳細に魔力の波動を記録すると残りの厄介事はしれっとティモに押し付けようとした。


「ティモ、データ取れたからあとはお願い・・・いっ?!」

 横からちゃちゃを入れるばかりで手伝いもしない。むさくるしい大量の冒険者を相手に笑顔で対応し続けていたティモがその一言で遂にブチ切れた。調子に乗り過ぎたミュリッタの背後に立ったティモの剛力ベアクローが脳天に喰いこむ。

「あらあら、ミュリッタちゃんも手伝ってくれないと困りますわ。歪んでくっ付いても知りませんよ?」

「いっ・・・い、いいわよ。仕方ないわね手伝ってあげ・・・ひーっ!!」

 ミシミシと自分の頭蓋骨が軋む音がした。

 大魔導様を半殺しにしそうな勢いの聖女様にその場が凍り付く中、ミュリッタは涙目でシガノーの首と胴体を魔導で仮留めする。

 本当は治癒術など使わなくともミュリッタなら繋ぎなおす位できるはずなのだ。ティモはほぼ完全に首が繋がるまでミュリッタの頭を優しく撫でまわしたのだった。


「はい、完成です。」

 ティモが仕上げて治癒は完了した。

 ミュリッタが動かないように掛けていた魔力による拘束を解くとシガノーが動き出す。周囲からは歓声と拍手が沸き起こったのだった。

 シガノーがようやく自分の意思で首を回して周囲を見る。まずは銀翼に無事に助かった事への感謝の気持ちを伝えたかった。

 だがそれは叶わなかった。そこにはもう銀翼の姿は無かったのである。



 夕陽は尾根の稜線に架かり足元には暗がりが広がっていた。

 銀翼は一人、あの惨状が広がる場所へと戻って来ていた。

 大剣を振るって地面を深く切り裂く。持参した純白の布をその底に敷くと銀翼は散らばった遺体を拾い集めはじめた。

 美しい鎧が血と汚物にまみれる事を気にする事も無く散らばった手足を、首を、そして何所とも分からぬ肉塊を優しくその手で拾い上げていく。そしてそれを布の上へとそっと積み上げていった。

 幼い子供の頭部を拾い上げた銀翼は深く息を吸うと呟いた。

「すまない・・私には君たちを救う事が出来なかった。」


 邪教の司祭がここまで残虐な行いをするとは思ってもみなかった。恐らく皆がそう言って自分の責任を否定するだろう。悪いのは邪教の司祭ガルドーだと。

 だが銀翼はそうは考えてはいなかった。


 今日、この場所で百狼戦団を殲滅すると決めたのは銀翼だった。

 例えこの子の未来がどうしようもなく絶望的な物だったとしても、もしこの戦いが無かったならばこの子が今日ここで亡骸となって打ち捨てられる事はなかったはずである。この子の命が絶たれた原因は銀翼の決断だったのだ。

 これも因果、自分が始めた事の結末から逃げる事は許されなかった。


 過ぎた事を取り戻す事は出来ない。

 だから銀翼は今出来る事を黙々と続けたのだった。


 いつしか陽は沈み、辺りは暗闇に包まれていった。


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