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第十四節 : 夜明け

 第十四節 : 夜明け


 ラブダが死んだ。

 またエナンのせいで一番身近に寄り添ってくれた人が死んでしまった。

 ただ呆然と小さな亡骸を抱きしめていた。


 何も考えられない。何も考えたくなかった。

 なにが自分はラブダを助けるだ。何があっても助けてみせるだ。

 危険を呼び込んだ挙句何も出来なかった自分の姿が滑稽ですらあった。

 只々自分の愚かさと罪なき命を奪った此の世の悪意の全てを呪い続けた。


 だからエナンの後ろに剣を握った暴漢が忍び寄って来る事すら全く気付かなかった。それは裏で革袋を叩きつけられた男だった。息を殺してエナンの背後に立った暴漢はエナンの背中、心臓の辺りを一気に剣で突き刺した。

 だがその剣がエナンの体に届く事は無かった。毛織物の編み目を抜けたその切っ先はエナンの体に触れる寸前に不可視の力によって遮られた。

 だが、それは怒りによって爆発寸前となったエナンの体から溢れかけている魔力だという事をその暴漢が理解する事は永遠になかった。困惑する暴漢の存在に気付いたエナンがゆっくりと後ろを振り向く。

 剣を握ったならず者の姿がエナンの瞳に映る。ラブダを殺した奴らの仲間、そうエナンが認識した瞬間、暴漢の体が赤く光ると全てが灰となって崩れ落ちた。


 それは炎すら発する間もない一瞬の出来事だった。

 羽のように軽い白い灰となった物体は風に散って跡形もなく消えていった。


 それを見たエナンの瞳に光が戻った。

 エナンは今、初めて自分が魔力のような物を行使した事を実感していた。

 それはミュリッタと同じ、意思の力によって魔力を導く魔導の技だった。


 そうだ、まだこれが残っているとエナンは呟いた。エナンの瞳に戻ったのは一筋の希望の光だった。今初めて自覚した魔力の力だったが、エナンには最後の希望を自らの魔力に懸ける以外の道はもう残されていなかった。



 死にゆくラブダを抱きしめていたあの時、成す術を持たぬエナンは心の中でひたすらに神に祈り続けていた。神様、どうかラブダをお助け下さいと。

 だがそれが何も出来ぬ哀れな無能者の妄想でしかないという事も心の隅では理解していた。都合の良い時だけ見たことも無い何かに願ってどうなるというのだ。

 そもそも自分は何に祈っていたのだろう。 無力な女神にか? 信じてもいなかった神々にか? あまりの適当さに自分でも呆れてしまうほどの情けなさだった。


 そう、最初から本当は分かっていた、お前以外に何がしてやれるのかと。だが、何も出来る事がないからそれを隠すように必死にお祈りをしていただけなのだ。

 だが今、たった一つだけ、何か出来るかもしれない希望が生まれたのだ。それに全てを賭けてみるしかなかった。



 昔、書物で呼んだ有名な言葉がある。


  天命を待つなら人事を尽くせ。

  全てを捨てて己の持つもの全てを注ぎ込め。

  自分の力で為せぬのならば神羅万象この世界の全てを利用しろ。

  天命とは全てを尽くした先にある栄光の事である。


 それは古代の偉人、初代魔導帝国皇帝となった男の言葉だった。



「もし、本当に俺に魔力があるのなら、どうか魔力よ、俺の願いを叶えてくれ・・・」

 たった一つだけ残された希望にすがる思いで呟いた時、突如エナンの脳裏をミュリッタの姿がよぎった。

 壁を修復していた時のあの別人のような神々しい姿が何かをエナンに語りかけていた。そう、あの時の彼女は揺るぎない意思によって己が魔力に命じていた事を思い出す。


 神様にお祈りするように、今度は魔力にお願いをするのか。いったい何時までそんな馬鹿げた勘違いを続けるつもりか。

 はっきりと悟った。お前が疑ってどうする、お前がすがって何になる、お前に出来なくて何が出来る。信じられるかなどどうでもいい、今為さねば全てが終わるのだ。死に物狂いで全力をぶつける事だけが今唯一残された希望だった。


「俺の魔力よ、俺の全ての魔力よ! この子を蘇らせろ!!」エナンは吠えた。魂の全てを込めて、たとえ自分の命に替えてでもと、ただただそれだけを想起した。


 夜が明ける。だが地平に現れた光は廃墟の影の谷間まではまだ届かない。

 しかしそこに突如、太陽の様に輝く黄金の光が現れた。

 エナンが握りしめたラブダの左手が光り輝いていた。そして次の瞬間、その手の中から何かが流れ落ちた。それはラブダが死んで尚握りしめていた大切なエナンから貰った金貨、それがまるで鋳溶かしたように液体となって流れ落ちたのだった。

 それはまるで意思を持つ生き物のようにラブダの体を伝って流れ、剣に刺された傷口へと滲みこんでいった。


 巨大な何かが脈動し空気が揺れた。そしてラブダの体に力が戻ってくる。

 途切れた呼吸が蘇りラブダは再びその目を開いたのだった。




 赤竜亭は今眠りにつこうとしていた。

 例え休業中でも赤竜亭の扉が閉ざされる事はない。この廃墟の中の一軒酒場は客が雨風をしのぐ為にはなくてはならない存在だからだ。休業時間中でも常に裁定者や常連客達が何人も常駐し、店を荒らされないよう監視すると同時に多くの者がここで眠りにつくのである。ここより安全な寝場所など他には持ち合わせていないのだから。

 おやっさんは店の奥で休憩に入るが、とろ火にかけられた大きな寸胴鍋からシチューだけは誰でも勝手に食べる事が出来た。営業時間中ではないので値段は無料だ。とはいってもほとんどの客はちゃんと置かれた壺の中に銅貨五枚を入れるのだが。

 無料にしてある理由は『好き勝手されて気分悪くなるのが嫌だから』だそうだ。


 食事が終わったフォルセリア達もそんな酒場の流儀に甘えて今日はここでゆっくりさせて貰う事にした。ミュリッタが目隠しの帳で法囲すると皆すぐに疲れ果てて眠りについてしまった。

 だがそんな中でミュリッタだけは瞑想するように目を閉じて体を椅子に沈めながらも、エナンの気配をずっと追い続けていた。さっき収納箱を調べた時に目印をマーキングしておいたのだ。

 そしてそんなミュリッタの隣でフォルセリアも半ば眠りに付きながらも周囲の様子を確認し続けていた。だからミュリッタが落ち着かなさげにしている事はすぐに把握した。フォルセリアは身を起こすとミュリッタに囁いた。

「どうしたんだい、ミュリッタ?」そのフォルセリアの問いにミュリッタは震える声で答えた。

「エナンの様子がおかしい・・・」

 ミュリッタが感じ取っていたのは怒りで爆発寸前となったエナンの様子だった。フォルセリアには遠すぎて感じ取る事は出来なかったが、ミュリッタの言う事に間違いが有るわけはなかった。

「!!」ミュリッタの体が跳ね上がった。今度はフォルセリアにもはっきりと感じ取れた。凄まじい憎悪と破壊の波動だった。フォルセリアはミュリッタを心配して覗き込む。

「おい、大丈夫かいミュリッタ!?」

 ミュリッタは弱々しく頷くと深呼吸した。恐怖を覚えるほどの魔力という物を初めて経験した。エナンがそれほどまでに怒り狂っているというのも心配だった。

 エナンの魔力に触れ続けるのが怖かった。だがここで目を逸らす訳にはいかない、ミュリッタは歯を食いしばると観測を続行する。


 だが、直後にエナンの怒りの波動は一転して跡形もなく消え去った。そしてなにか別の感情がエナンを衝き動かすのを感じる。

 絶望・慟哭・懇願・希望・渇望、そんな激情が混ざり合った藁をもつかむ思い。その感情にはミュリッタ自身も覚えがあった。だからミュリッタはエナンが今、何を為そうとしているのかを理解してしまった。

 そんな事はしてはいけない、でないとエナンの命まで・・・とは解っていても誰にもその気持ちは止められない事もミュリッタは知っていた。そもそも自らの命を代償とする事すら躊躇いなどしてはいないのだから。

 だが魔力の流れが定まらない。意思に魔力が伴っていないのだ。

 そうじゃない、こうするの・・・とミュリッタは強く思念を送った。


 何かが大きく膨らみ、鼓動となって広がっていくのを感じる。

 ミュリッタは安堵の溜息を洩らすと意識を失った。


 だが静かに寝息をたてるその表情には穏やかな笑顔が浮かんでいた。

 フォルセリアはもう心配する必要は無くなった事を理解すると自分も再び眠りについたのだった。


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