表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/52

第十三節 : 暗転

 第十三節 : 暗転


 ラブダと身を寄せ合う程に離れたくない気持ちが沸き上がってくる。

 だがエナンは後ろ髪を引かれる思いで一旦棲家へと戻る事にした。


 棲家にはあちらこちらに大切な物を隠す為の場所が用意してあった。そこに使わない金貨を小分けにして隠したら直ぐにここへ戻って来る事にしたエナンは嫌がるラブダをなだめすかしてようやくの事で棲家に戻る事を許してもらった。

 それに棲家に戻りたい理由はもう一つあった。エナンだって今着ている以外にも服くらい多少は持っている。早く棲家に戻ってラブダが寒さをしのげるような服や毛布を持ってきてやりたかった。


 急げば往復するのに一時間位で済むはずだった。ラブダを背負って戻る事も考えたがこの先は勾配のきつい山の斜面の上り道となる。さすがに背負って往復するのは厳しい気がした。

 幾ら何でもこの位の時間は別行動出来るようにしないと今後が厳しいし良い機会かもしれないと考える事にする。今までだって一人でいて大丈夫だったのだ。用心深く隠れていれば少しの間なら問題は無いだろう。

 だが、それでも一抹の不安は拭い去れない。それが何かを大事と思う心のなせる事なのだとしてもエナンにはそれが無性に気持ち悪かった。

 やはり片時でも離れるべきではないのだろうか、だがそれはかえって危険にさらす事にはならないか、もし背負っている時にエナンが転んだりしたら大変な事になるのではないか、そんな取り留めもない不安が次々に思い浮かんでくる。

 どんなに万全を期そうと知恵を絞っても、絶対など有り得ない事は分かっていた。


 それでも自分がいままでそうやって上手くいっていた、という経験があればまだ不安もやわらぐかもしれなかったが、そういう点においてはエナンの人生は最悪の経験しか記憶になかった。運が悪いという話ではなく、やること為すこと全てが裏目に出るのだ。


 だが、それが自分の背負わされた宿業だと思いこむのはもうやめた。

 今思えばそれは全てエナンの見立ての甘さ、無知と経験不足による愚行の結末だったのかもしれない。善意と努力の結晶も悪意と略奪の前では無力に打ち砕かれるという結末こそがエナンが人生から学んだ真実だった。

 自分がもっと賢ければ、全ての理不尽を蹴散らすだけの強さが有ったならばと幾千回やり場のない怒りと後悔に責め苛まれた事だろうか。



 あの時も良かれと思い精一杯親方の助けになろうと頑張った。

 努力が神様に報われたと天に感謝した。

 だが、その結末はどうだった。


 人間の欲望と悪意に踏みにじられた。

 己の無力を思い知らされた。

 そして、大切な人を失った。


 もう神も人も信じなどしないと全てを拒絶した事もあった。

 だがそれが強さなどではなく、ただの弱さでしか無いという事もほどなく理解した。

 真の強さを持つ者、そう銀翼のような存在の前では世界はひれ伏し全てが彼の望む姿へと変貌していく。その真実を知った今ならもう真の強さの姿を見誤る事などない。

 真の力は世界を導く、そんな銀翼の生き様はエナンの目指す強さという物の明確な道標として心に刻まれていた。



『親方、この子をどうか見守って下さい。』

 エナンはそう心の中で呟くと自分の決断を信じる事にした。


 そんなエナンの顔をラブダはじっと見つめていた。

 エナンがラブダを心配して悩んでいる事は手に取るように分かった。一人にされる不安よりもまず先に、自分が普通に歩ければ何の問題も無かったのにと申し訳ない気持ちのほうが大きくなっていった。

 だから磁石になってしまったような体を引き離し、エナンが棲家へと戻っていく時もこれ以上は心配をかけまいと必死に笑顔を見せて見送ったのだった。


 だがこの場所で何日も暴漢や辻斬りのような輩に怯えながら過ごしてきたラブダの方がエナンより遥かに今の自分が置かれた危うい状況を悟っていたのかもしれない。

『人目の付く所に長居をしすぎた』ラブダは影の中に潜んでいるかもしれない悪意の存在に怯えた。だからエナンの姿が街角に消えると動かない足を精一杯に引き摺って隠れ場所へと戻ろうとしたのだった。


 そこは大きな建物の廃墟の床と基礎の間にある人の腰の高さほどの隙間だった。

 外壁の石材の一部が抜け落ちて小柄な人間なら何とか通れそうな穴が開いている。中に入って入口に石を押し込んでしまえば外からの侵入を防ぐ事もできた。先人の知恵で閂のように石材を嵌める溝が中に造ってあるのだ。

 中は乾いていて雨風をしのぐ事が出来た。列柱のような太い石の基礎が並ぶその場所はラブダのような哀れな子供達が身を隠すには恰好の場所だった。幾つもの亡骸が骨になって残されているという事さえなければ。


 だが今はそんな事を言っている場合ではなかった。

 あそこに立て籠もり何としてでもエナンが戻ってくるまで耐え凌いでみせる。ラブダは思考の中でまだ見えない敵とすでに戦い始めていた。

 あと少し、あの角を曲がれば入口がある。息を切らせ崩れた建物の隙間を必死ですり抜け裏庭へと抜ける角を曲がった瞬間、ラブダの眼前に人影が立ち塞がった。

 恐怖と絶望にラブダの心臓が凍り付いた。


 エナンとは似ても似つかない見るからに薄汚い恰好をした男だった。

 だが多分この隠れ場所の事などとっくに知られていたのだろう、明らかに待ち伏せをされていた。

 それはつまり、この男が以前からこのような事をやっていたか、やるつもりでいたという事だった。ラブダにとっては災厄以外の何物でもなかった。


 それでもラブダは諦めなかった。

 この状況でもまだ抗う術を求めて必死に思考し一つの希望を見つけ出した。

 本人でさえ自覚してはいなかったがラブダは機転のきく非情に賢い娘だった。


「嫌ぁああああっ!! エナン! 助けてぇっ!!」

 あらんかぎりの声を振り絞ってラブダは絶叫した。そしてエナンに貰った革袋を振り回して暴漢に叩きつけた。

 その時ラブダはわざと革袋の口紐をほどき、袋の口が開くように叩きつけたのだった。


 派手な音をたてて袋に入った貨幣が飛び散る。

 その中には一番上に載せてあった銀貨が何枚も混じっていた。夜明け前の薄明りの中でも白い銀貨が何枚も石畳の上に散らばったのは見てとれた。

 ラブダはそのまま袋を投げ捨てると踵を返して一目散にエナンといた元の場所へと逃げだした。


 ラブダを襲おうとした暴漢が困惑した。

 まさか浮浪児が銀貨の詰まった財布を落とすなど全くの予想外だった。逃げ出したラブダを追うか、散らばった金を拾うかで迷いが生じた。

 だが結論はすぐに出た。逃げた浮浪児などより散らばった銀貨のほうがよほどの価値があったからだ。浮浪児の娘など人買いに売り飛ばしても銀貨2~3枚になれば良いところだった。散らばった銀貨だけでも明らかにそれより多いのだ。それに・・・

 男は周りを見回した。見ている者は誰もいない。

 今ここでこの財布の中身を独り占めしてしまえば誰にもばれる事はなかった。

 男はラブダを無視して大急ぎで散らばった金を拾い集め始めたのだった。



 上手くいった。こんな状況に置かれているのに何故かラブダは逃げながら自分の策が的中した事に高揚していた。

 袋の中に銀貨がたくさん混じっていたおかげで思い付けた手だった。

 食い詰めた小悪党の人狩りならまず間違いなくラブダより先に金を拾うはずだった。追いかけている間に誰かに横取りされるかもしれないような真似など絶対に出来る訳は無いからだ。


 このまま逃げきってエナンと合流する。あの叫び声を聞けば必ずエナンは戻ってきてくれるから、そのためにエナンの帰り道の方向を向いて叫んだのだから。

 一縷の望みが見え始めていた。一気に路地を抜けて表通りへと飛び出す。


 だが次の瞬間、希望は再び絶望へと暗転した。

 先程までエナンと一緒にいたあの石段の下に見知らぬ人影が立っていた。その手に握られた広刃の小剣が薄明りの中で一瞬ギラリと光を放つ。人影はラブダの姿を見つけるとゆらりと動き出して向かってきた。


 まだこんな所で終われない。ラブダはそれでも切り抜ける道を必死で模索した。

 左手にはまだエナンからもらった金貨が大事に握られていた。これを使えばさっきと同じ事がもう一度出来るかもしれない、ラブダの頭をそんな考えがよぎる。


 だがラブダにはどうしてもその金貨を捨てる事が出来なかった。




 エナンは静寂の中に響いた悲鳴を聞いてようやく自分の愚かさを悟った。

 襲撃されるのがあまりにも早すぎた。今にしてようやくあの場所にいた時からとっくに目を付けられていた事に気付く。そしてそんな単純な事にも気付けなかった自分の不注意を心底呪った。

 足元すら見えていないのに遠くの未来を夢想して満足していた。そんな自分の馬鹿さ加減に泣きそうになりながら、全力で今来た道を駆け戻る。どうか、どうかまだ無事でいてくれと何かにすがるように祈りながら必死で走り続けた。


 こんな事になってしまったのは単に思慮が足りなかったせいだけではない。

 もしエナンが赤竜亭の他の冒険者のように常に周りの気配を読み危険を察知する事が出来てさえいれば避けられたはずの事態だった。今更ながらに何故そういう事を蔑ろにしてきたのかと後悔した。

 野生の動物でも当たり前の基本、生き抜くための常識を知らずに生きていけるほどこの無法の廃墟は人間に優しい世界ではない、その事を心底思い知らされたがそれでも諦める訳にはいかなかった。


 今度は緩い上り坂を全速力で駆け上がる。ここを登り切ればと走り続けるが息が追い付かずに意識が朦朧としてきたその時、再びラブダの悲鳴が響き渡った。

 すぐ近くでその悲鳴は聞こえた。気が付けば坂の頂上まであと少しの所まで来ていた。

 だからすぐに分かった。それは断末魔の悲鳴だという事が。

 頭の中が真っ白になり、息苦しささえ忘れて坂を一気に登り切る。そして目の前が開けたその場所で見た光景がエナンの理性を完全に破壊した。


 それは押し倒されたラブダの上に馬乗りなった男が、手に持った剣で深々とラブダの腹を突き刺している姿だった。


 エナンの脳裏が紅蓮の炎で覆い尽くされ真紅に染まった。




 ラブダは石段の下で新たな暴漢が待ち伏せしているのを見て、今出てきた路地とは建物をはさんで反対側の路地へと逃げ込もうとした。足を引き摺り必死で逃げる彼女の姿を見て暴漢は追い立てるようにゆっくりと追いかけてくる。弄るように恐怖を味あわせて楽しんでいるのは容易に想像できた。

 だがそんな慢心はラブダにとっては願ったりであった。今すべきは時間稼ぎ、それも大した時間ではないはずだった。せいぜい喜んでいればいい、とラブダは暴漢を心の中で嘲笑すると次の手を開始する。


 この辺り一帯は岩山の緩斜面に造成された都市の廃墟だ。建物は皆岩肌を削り、あるいはその上に石やセメントを積み上げて平坦にした土台の上に築かれている。故にこの一帯の建物の土台は非常に堅固で建物が崩れた落ちた今でもその多くがしっかりと残っているのである。

 土台の造りも含めた建築様式なので隣接する建物でも土台部分を共有する事はほとんど無い。なので当然だが隣り合う建物の間には土台の隙間となる深い溝が出来上がる。

 そういう溝は幅が広ければ人の通る道となり、狭くて人も通れないような所は雨水や生活排水を流す為の下水路としてかつては利用されていた。石材で蓋をされ暗渠となっている下水路は未だ数多く当時の姿のまま残っていて、人目に付きにくいそんな場所は廃墟に棲みついた者が用を足す恰好の場所となっていた。


 ラブダが目指したのはこの建物跡に棲みついた者達がトイレにしていたそんな下水路だった。

 橋替わりに渡された分厚い石の溝蓋の途切れた先には人の背丈ほどもある高い石積みの土台を降りる為に一目では分かりにくい階段のような小さな凹凸が石垣の上に刻まれていた。建物の影に入って暴漢の男の視界から外れたラブダは溝の中に跳び込むと隣の土台に手を付いて体を支えながら器用にその段差を駆け下り暗渠の中へと走り込む。

 暴漢の男が建物の角を曲がった時には既にラブダの姿は視界から消えていた。


 暴漢の男が一瞬緊張する。例え子供であっても見えない相手ほど恐ろしい物はない。武器さえあれば人間は一撃で殺せるのだ、魔物と違って。遊びが過ぎた事に気が付いた暴漢の男は全神経を集中すると周囲の気配を探った。

 足元から微かに音が響いていた。暴漢の男はゆっくりと前進すると慎重に土台の隙間を覗き込んだ。

 擦り減った足場が見える。恐らく建設当時からあったメンテナンス用の昇降段だろう。下に降りて暗渠の中に隠れたのはほぼ間違いない。だが問題は追いかけるかどうかだった。

 僅かに傾斜を付けて積み上げられた土台の隙間の底は掌ほどの幅しかなかった。分厚い石材で蓋をされた暗渠の下は広い所でも暴漢の男の肩幅程度、高さにしても小柄なその男が立つのがやっとの高さである。剣を振ることすらままならなかった。

 もし中で待ち構えるあのガキが鋭い棒でも持っていたら・・・やられるのは暴漢の男のほうであった。何も持っていなかったとしても追えばさらに奥に逃げるだけだろう。どう考えても子供のほうがこの暗渠の中では素早く動けるはずだった。

 そして最大の問題はこの暗渠の奥がどうなっているのか、それを暴漢の男は全く知らないという事だった。暗闇で一寸先も知れぬ敵地に足を踏み込む度胸はこの暴漢の男にはなかった。

 あの野郎、どこで油を売っていやがる。そう暴漢の男は心の中で舌打ちした。


 ラブダはじりじりと暗渠の中を奥へと後退っていた。

 この中に逃げ込んだのがばれるのは承知の上だ。それで中まで追って来てくれればラブダの思うつぼだったが、さすがに暗渠の中に追って来るほど相手も馬鹿ではなさそうだった。

 ラブダはこの水路の構造を把握していた。奥に行くほどに傾斜を登り天井はどんどん低くなっていく、そして四つ這いにならなければ進めないほどに低くなった水路は隣の敷地の角を曲がって道端の排水溝となると暗渠を抜けるのだった。

 暴漢は最低二人いる。奥の出口を押さえられる前に離脱しこの場を離れるべきかとラブダが思案した時、暗渠の入口で突然大きな炎が燃え上がった。入口側で待ち構える暴漢の男が油瓶に火を付けて投げ込んだのだった。


 熱風と魔物から搾り取った揮発油の異臭が奥にいるラブダの所まで瞬時に押し寄せる。この水路は地形の傾斜を利用した登り窯のような構造だ。入口の炎は水路の奥へと一気に流れ込んできた。もはやラブダの生死などお構いなしの様子だった。

 最悪の状況に追い込まれたラブダは必死で水路の出口に向かって逃げ出した。

 膝を擦りむきながら必死で水路を這う。最後は膝の高さ程度まで低くなった水路を腹這いになって進み最後の難関、直角に曲がった水路の角を通り過ぎる。

 出口が見えた。本当の暗闇の後では外の薄明りでさえ明るく思えるのだという事を知る。力を振り絞って蓋をされた世界から抜け出すとラブダは排水溝から立ち上がり走りだそうとした。


 その時、頭の上から人間が降って来た。それはあの入口に火を放った暴漢の男だった。

 見た目とは裏腹の身軽さで暴漢の男は土台から飛び降りると走りだそうとしていたラブダを背中から突きとばした。そして石畳の上に倒れ込んだラブダを仰向けにして覆い被さると暴漢の男はラブダの服の襟元に手を掛ける。

 甲高い音を立ててラブダの服が引き裂かれ、ラブダの目から嫌悪と恐怖で涙が溢れ出した。ラブダにも暴漢の男がこれから何をしようとしているかは分かっていた。だが今のラブダにとってそれは殺されるよりも辛い事だった。

 必死で抵抗する。その時もがく右手が拳程度の石材の破片を握った。反射的にその手を暴漢の男の耳のあたりに叩きつける。

 鋭角に尖った石材の角が暴漢の男のこめかみの辺りにめり込んだ。一瞬意識が揺らぎラブダを押さえつけていた力が抜けた。ラブダはその石を両手で振りかざすと今度は正面から暴漢の顔に叩きつけた。

 暴漢の男の口元に命中した。何かが砕ける音と感触がして暴漢の男はのけ反ると後ろに倒れ込む。ラブダは暴漢の男の下から這い出すともう一度走って逃げようとした。

 だが不自由な足が上手く動かない。立ち上がろうとしたラブダは勢い余って再び転倒した。


 次の瞬間見えたのは暴漢の男が剣を抜く姿だった。そして怒号を発してラブダに跳びかかると馬乗りになりその剣を振り下ろした。

 一瞬、なにか激しい熱のようなものを腹部に感じた。そして一時の空白の後、急速に迫りくる死を認識したラブダは絶望からの救いを求めて絶叫した。


『嫌だ! まだ死にたくない!』ラブダは泣き叫んだ。そんなラブダに暴漢の男がゆっくりと止めの一撃を振りかぶった時、ラブダの視界を赤い光が一閃した。


 スローモーションのように暴漢の顔が、腕が、剣が幾つもの断片に分裂しながら崩れ落ちていくのを呆然と見送った。何が起きたのか理解はできなかったが、それはエナンが投げた錘と鋼の糸の一閃だった。


 ラブダの名前を必死で呼ぶ懐かしい声が聞こえた。

 その声を聞いたラブダの目から先程までとは違う涙が溢れだした。

 ようやく駆けつけたエナンは暴漢の男の残骸の中からラブダを抱き上げるとあの石段へと運んでいった。



「ラブダ・・・すまないラブダ・・・」

 エナンはラブダを抱きしめただ泣く事しかできなかった。そんなエナンの腕の中に身を沈めたラブダは囁いた。

「嬉しい・・・エナン本当に助けに来てくれたの、すごく嬉しい・・・」

 虫の息のラブダは最後の力を振り絞って自分の気持ちを伝える。例え今死んだとしてもそれだけは覚えておいて欲しかったから。

「エナン、私がんばったよ・・・大事なもの、最後まで守り通したよ・・・」

 それが何かを伝える力はもう残っていなかった。そう、それが二つあった事も、もう。

「ああ分かってる、分かっているよラブダ・・・」

 エナンにもそのうちの一つは何かすぐに分かった。だからこそいたたまれないのだ。そんな事気にせずただ生き伸びて欲しかった、とすら言えない事が。


「大好きだよ、エナン・・・」

「ああ、大好きだよ、ラブダ・・・」

「ありがとう、エナン・・・・・・・・ パン、おいしかった・・・・」


 その言葉を最後に、ラブダは動かなくなった。

 全身の力が抜け、小さな体はまた冷たくなっていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ