野菜嫌いの夫が、クリスマスの夜に息子が準備したトナカイの夜食用のニンジンを見て、困り果てている顔がちょーウケるんですけど
息子、5歳のクリスマス。
「ねえ、パパ。僕ね、今夜プレゼントを届けてくれるサンタクロースに、夜食を準備したよ」
クリスマスケーキをお腹いっぱい食べ、歯磨きをしてパジャマを着た息子が、夫に報告をする。
息子のベットの枕元には、ここ最近息子が少しずつ食べるのを我慢して貯めたおやつのクッキーが七個、お皿に乗っている。
「おやまあ、マサ君は心の優しい子だね。でもね、サンタさんに何もそこまで気を使わなくてもいいのに」
夫が、困った顔を私に向けつつ、息子とお話をしている。
「だって、世界中の子供たちに夜通しプレゼントを配って回るのだよ。サンタさん、きっとお腹がペコペコだよ」
「でもね、ひょっとしたらサンタさんは甘いものが苦手かもしれないよ」
私の夫は、甘いものが大の苦手だ。
「それからね、僕、サンタさんのソリを引くトナカイも、きっとお腹がペコペコだろうと思って。ママにお願いをして、ニンジンを一本準備してもらったんだ」
サンタ用のクッキーの横には、トナカイ用のニンジンが丸ごと一本お皿に乗っている。
「おいおい」
夫が、私を睨んでいる。「いらぬことをしてくれるな!」と顔に書いてある。私は夫の困った顔を見て、思わずほくそ笑んだ。
「あのね、あらかじめ言っておくけど、トナカイのなかには野菜の苦手な子もいるよ」
私の夫は、野菜も大の苦手だ。ふふふ。
「ねえ、パパ、聞いて! 僕、サンタさんにお手紙を書いたんだ!」
ベッドに潜り込んだ息子が、サンタ宛に書いた手紙を自慢げに夫に読み聞かせる。
『サンタさんへ。3Dのゲーム機が欲しいです。あと、クッキーを準備したので食べてください。あと、トナカイにニンジンをあげてください。あと、煙草と灰皿を準備したので……』
直筆の手紙を読んで、大事なことを思い出した息子が、夫にお願いをする。
「しまったあ! 煙草を準備するのを忘れていた! お願いパパ、パパの煙草を一本ちょうだい! サンタさんに子供部屋で一服をしてもらうんだから!」
煙草と灰皿の件は息子から聞いていない。これには私もびっくりした。
「おい、マサ君、煙草は駄目だ。だって、きっとサンタさんは禁煙中だから」
私の夫は、現在絶賛禁煙中だ。
「そうよ、マサ君。高いお金を払って禁煙外来に通っているサンタさんに煙草を勧めては駄目よ」
さすがの私も、煙草と灰皿については、息子に不許可を出した。
翌朝。
早朝にそっと息子の子供部屋を覗く。ベットですやすやと眠る息子の枕元には、例年通り息子がお願いしたプレゼントが置かれている。
さて、サンタのクッキーは? わ、全部食べてある。
お次に、トナカイのニンジンは? か、かじってる。完食はしていないものの、三箇所ほど、豪快に噛り付いた歯形が残ってる。きゃきゃきゃきゃきゃ。ひー、お腹痛い。
リビングでは明らかに胸焼けした様子の夫が、朝の熱いコーヒーを飲んでいる。私は夫の背後から、その広い背中をポンと叩く。
「痛いよ。何だい」
「ナイスサンタクロース! って、彼に伝えて」
そう言って、私は夫の頬に軽くキスをした。
――――
息子、6歳のクリスマス。
「ねえ、パパ。僕ね、今夜プレゼントを届けてくれるサンタクロースに、夜食を準備したよ」
クリスマスケーキをお腹いっぱい食べ、歯磨きをしてパジャマを着た息子が、夫に報告をする。
「おやまあ、マサ君は心の優しい子だね。今年もクッキーとニンジンかい?」
「違うよ。去年は、クッキーはさておき、ニンジンがいまいちだったでしょう? でね、生き物図鑑で調べたらね、なんとトナカイはネズミを好んで食べるらしいんだ。だから、ほら、これ見てよ。お家でフクロウを飼っている友達にお願いをして分けてもらったよ」
息子の枕元の皿の上の物体を見て、夫と私は腰を抜かした。そこには、ペットの餌用マウスが横たわっていた。
「……おいこら」
夫が憤怒の表情で私を見ている。
「し、知らないわよ!」
疑わないでよ。私の指図であろう筈がない。こんなネズミの死体、気持ちが悪くて見たくもないわ。
翌朝。
早朝にそっと息子の子供部屋を覗く。ベットですやすやと眠る息子の枕元には、例年通り息子がお願いしたプレゼントが置かれている。
さあ、問題の餌用マウスは? ない! ネズミがいない! おや、皿の上にクリスマスカードが一枚。そこにサンタからのメッセージが残されている。
「今夜は、たまたまトナカイが下痢気味だったのでネズミを食べられません。お家に持ち帰って、トナカイのお腹の調子が戻ったら、美味しく食べてもらいます」
リビングでは寝不足気味の夫が、朝の熱いコーヒーを飲んでいる。私は夫の背後から、その広い背中をポンと叩く。
「こうやってネズミのシッポを摘まんでね、サクランボを食べるみたいに、あーんって口元まで運んだけど、やっぱり食べることは出来なかったみたいです」
「て言うか、トナカイの餌だぞ! って、彼に伝えて」
そう言って、私は夫の頬を甘噛みした。
――――
息子、7歳のクリスマス。
「ねえ、パパ。僕ね、去年下痢気味だったトナカイに、トイレを準備したよ」
クリスマスケーキをお腹いっぱい食べ、歯磨きをしてパジャマを着た息子が、夫に報告をする。
息子のベットの枕元には、ペット用のトイレシートが一枚広げられている。
「もう勘弁してくれ」
夫が、虚脱しきった顔を私に向けつつ、息子とお話をしている。
「今夜は、トナカイが、このトイレシートにまたがって巨大なうんこをするよ。きっとこのシートからはみ出るほどのてんこ盛りのうんこだよ。楽しみだなー」
「……出るかなあ」
あら嫌だ。夫が、人間の尊厳をかなぐり捨てても愛する者に尽くしたいという、慈悲に満ち満ちた表情になってる。
「おやめくださいサンタ様! お願いですから、おやめください!」
星の瞬く冬の夜空に、立膝をつき、両手を合わせ、私は祈った。
翌朝。
早朝にそっと息子の子供部屋を覗く。ベットですやすやと眠る息子の枕元には、例年通り息子がお願いしたプレゼントが置かれている。
それはさておき、トナカイのうんこは? ない! うんこがない! おや、トイレシートの上にクリスマスカードが一枚。そこに性懲りもなくサンタからのメッセージが残されている。
「トイレシートをありがとう。サンタさんは、ちょうどうんこがしたかったので、とても助かりましたよ。でも、さすがにマサ君の部屋にてんこ盛りのうんこを残して帰るのは忍びないので、お家に持ち帰ってトイレに流します」
トイレシートをよく見ると、私の化粧品のファンデーションをそれっぽく表面に塗りたくり、昨夜ここで絞り出されたであろう汚物の跡がリアルに表現されている。
リビングでは俗世を捨てきった者だけが持つ神々しい顔をした夫が、朝の熱いコーヒーを飲んでいる。私は夫の背後から、その広い背中をポンと叩く。
「こうやってトイレシートにまたがってね、ちょっと頭が出るぐらいまでは頑張ったけど、やっぱり出すことは無理だったみたいです」
「そもそも、トナカイのトイレシートだぞ! って、彼に伝えて」
そう言って、私は夫の頬をつねった。
――――
息子、15歳のクリスマス。
「ねえ、オヤジ。サンタクロースとか、マジでもういいから」
「え?」
翌朝。
「何このショボいプレゼント。マジこんなもんいらねーっつーの。やっぱアレだな、中小企業の万年係長サンタには、もう期待できねーな」
「……」
夫が、無言で思案に暮れながら、朝の熱いコーヒーを飲んでいる。私は夫の背後から、その広い背中をポンと叩く。
「寂しいけれど、来年からは来ないらしいです」
「ドンマイサンタクロース! って、彼に伝えて」
そう言って、私は夫の頬を両手でピシャリと挟んだ。
――――
息子、32歳のクリスマス。
「ねえ、お父さん。俺の息子がさ、今夜プレゼントを届けてくれるサンタクロースに、夜食を準備したって言うんだ」
結婚して子を持った息子のマサが、三年前に親子で協力して建てた二世帯住宅の上階から階段を下りて来て、夫に報告をする。
「おやまあ。マサの息子は心の優しい子だね」
「それがさ、サンタ用にクッキーを、トナカイ用にニンジンを準備しているんだ。俺、甘いものも野菜も苦手だからさ。さて、どうしたものか」
「どうしたものかも何もないだろう。お前の息子が心を込めて準備した食べ物を、お腹を空かせたサンタとトナカイが食べる。それだけさ」
「ねえ、お父さん、俺の代わりにニンジンをかじってくれないかい。俺、本当にニンジンだけは駄目なんだ」
「馬鹿を言っちゃいかんよ。お父さんもお前もサンタじゃない、トナカイじゃない。クッキーはサンタが、ニンジンはトナカイが頂くべきだ」
夫の少し意地悪な発言に、息子が首を傾げて考え込んでしまった。
「ふふふ。あなたに夢を与えてくれたあなたのサンタクロースに相談をしてみたら?」
目の前の息子の困った顔が、夫の困った時の顔にそっくりで、思わず私も、息子に更に意地悪な発言をして、ほくそ笑んだ。
翌朝。
二世帯住宅の上階から、息子がドタドタと駆け下りて来て、夫に嬉しそうに報告をする。
「聞いてよ。俺の息子がさ『パパ、サンタさんがクッキーを食べてくれた! トナカイがニンジンをかじってくれた!』ってそりゃあもう大喜びさ。お父さん、ありがとう!」
「そうか、それは良かったね。でも私はお前に感謝されるよなことは何もしていないよ」
「だよね。だよね。だって俺は、俺の記憶の中のサンタクロースに一晩相談をしたんだ。そうして朝起きてみたら、クッキーもニンジンも食べた痕跡があった。と言う訳で、お父さん、お母さん、本当にありがとう! さあ、こうしちゃいられない、これからサンタさんが息子に届けてくれたゲーム機で、息子と対決だ」
かつて夫と私を散々困らせた息子のマサは、一丁前に父親らしくなった背中を私たちに向け、陽気に階段を駆け上がって行った。
「もう我が家には来てくれないのかと思っていたがね」
夫が、朝の熱いコーヒーを飲んでいる。
「そうね。戻って来てくれたのね」
私は夫の背後から、その広い肩をポンと叩く。
「痛いよ。何だい」
「お帰りなさいサンタクロース! って、彼に伝えて」
そう言って、私は夫の頬に、とろけるような熱いキスをした。