非繁盛人気店。
近未来人の“彼”は、雑誌の記者で近頃“リピーターの多い店”を訪ねて歩いていた。それは雑誌でその特集が組まれたからだったが、その特集は人気だったが、さすがに調べつくしたと思われた頃、頼みの綱として彼が最後に立ち寄ったのは、彼はその店が嫌いで、少々億劫だったが、彼の地元の店、“エデン”だった。その店はそもそもなぜリピーターが多いのかわからず、味もまずいと評判で、客足が多いわけでもない。外観は汚く、オンボロだった。小さなころから地元でいい噂は聞かず、少しグレーな取引事などが行われているのではと噂されていた。その店に古くから彼の叔父が入り浸っており、だが叔父自身はちゃんとした人間で、昼食にそこに立ち入ることが多いくらいだというので、その店がなぜリピーターが多いのか、軽く叔父に下調べしつつ、時間をとってある日、その店に一緒に来てもらうことにした。
『リピーターの多い店か、昔は、一時期は多くあったものだ、今じゃどこも同じようなものになっちまった、娯楽はあふれているからな』
確かに、拡張現実を利用して客を楽しませたりする店が多いのはそうだった。この特集の取材の際にも、リピーターの多い店は、AR(拡張現実)を利用して、ゲームをしたり雑誌を読んだり、流行りの音楽を流せたりする店が多かった。
『だが、お前もしっているだろう、飲食店が飲食物と同時に、サイバースペースへのアクセスを同時に提供する事は禁止されている』
確かにそうした法律が多いのは知っているが、それが何故かはしらずにいた。実際、サイバースペースへのアクセスは体の五感を利用して行う事が多く、意識はより緻密につくられたもう一つの現実、仮想現実に集中する事になり、食べる事に集中できないのではないだろうかと思えた。行儀も悪い。
そう叔父に返すと叔父はこう返した。
『お前が生まれる前に、地元である流行が起こった、その流行がもとで法律が二つつくられた、それがこの話の肝なんだ』
そういって叔父は少し楽しそうに話しを始めた。
なんでも、あるラーメンの繁盛店が東に二つあって日夜互いに熾烈な戦いを繰り広げていたが、ある時から、片方に人気が集まり始めたのだと、リピーターがやけに多い。違法な薬物でも売っているのではと疑いを立てたもう片方の店の店主は、その店の秘密を探りに出かけた。
『これは……』
店主は目を疑った。そこでは、客にサイバースペースでの娯楽を提供していたのだった、それも味覚、嗅覚に関するものではなく、演劇を演じたり、物語を演じたり、音楽を奏でたり、食事中でだけ済むようなものだった。確かにその時代法律で、飲食物と同時にサイバースペースへのアクセスを提供することは禁じられたいなかった。すぐにそのサービスを持ち帰り真似をしたもう一つの店。するとその店もリピーターが増え、客脚も増えていった。そして地元にはそうした店が増えていったそうだ。
これに困ったのが国や地方自治体だった。“彼”が思うように、食事中に仮想現実にアクセスするというのは、確かに、食への集中力もそがれるしマナーにも疑問が持たれた。そこである法律が作られた。一つ目の法律が、飲食店が、飲食物と同時にサイバースペースへのアクセスを提供することを禁じる法律。
だがそれでも事態は落ち着かなかった。サイボーグ人は、その法律に反発し、自分たちで勝手に、ドラックじみた音楽、演劇、朗読劇というような娯楽を作り、街中で食べ物や飲み物をサイバースペースにアクセスしながら楽しむようになった。事態を重くみた国は新しい法律をいくつか構想し、やがてそれは実現した。“一時間未満の飲食物と同時に使用されるサイバースペース上の娯楽はすべて電子ドラッグに指定する”そうして、サイバースペースを人々が、主にサイボーグ人が、飲食と同時に楽しむことはほとんどなくなった。
『だが今でも法の網をくぐって、同様のサービスを提供する店がある、その店がここエデンだ、今でもその名残がある、この店は一時間以上、しかも客が自分からサイバースペースにアクセスする、これに違反すれば当然電子ドラッグ使用者として逮捕されるんだ』
結局サイバースペースにアクセスしつつ、飲食を許すような店は、そもそもが繁盛店ではない事が多い。汚かったり、まずかったりする。そうして“彼”の特集に多いようなリピート店が誕生するというわけだ。
『だからこの店はぼーっとしているサイボーグ人が多いのか』
彼は納得して、普通に叔父と食事をしたあとに、その場を後にするのだった。