六話 朝のお勤め
「今日から私たちと一緒にここで務める事になったマリーさんです。慣れない事が多いと思いますので、皆さん助けて上げて下さい」
皆様が身支度を終えると、レイギス神官長様が態々私の紹介をして下さいました。
私は、フェリスさんのアドバイスを活かし、手を身体の前で軽く重ねて頭を下げます。
「よろしくお願い致します」
きちんと上手く出来たのでしょうか、パチパチと拍手で迎えていただけました。勿論、諸手を挙げて歓迎されてはいないのでしょうが、目に見えて嫌な顔をするような方は居りません。
フェリスさんの言われた通りですね。
「それでは務めに励んで行きましょう」
「はい、神官長様」
皆がそろえて返事をすると、神官長様は笑顔で頷かれ、修道士様がたの方に行かれました。
当然ですが、ここでは男女で寝食の場を厳格に別けられているのです。
神官様の背中を見送っている間に、皆様もテキパキと移動されていきます。
私は、どうすればよろしいのでしょうか。不安に思っていますと、フェリスさんが話しかけて下さいました。
「これから朝の清掃をしていきます」
「は、はい、よろしくお願い致します」
神霊様の衣食住のお世話をし、共に過ごし、神霊様たちへの理解を深める。そして、神託など神霊様たちのお言葉、神意を過たず人々に伝えるそれが神職の本分なのだそうです。
だから、神霊様たちの住まいである神殿を清浄に保つ事は、神職としては基本的なお仕事。いつ神霊様をお迎えしても良いように、場と物品を整えてお待ちするのですね。
例えそれが、一向におとずれなかったとしても。
「でも、まだ見習い以下の貴女に、いきなり神殿内の掃除は任せられないから」
「はい」
「取りあえず先ずは、この宿舎の掃除をして貰うわ」
「解りました」
今までは、交代で宿舎の掃除を分担していたらしいのですが、練習のために暫くフェリスさんと二人で担当させていただく事になりました。
宿舎の中ならば最悪何か失敗して、壊してしまったとしても、取り返しがつくからだそうです。つまり、当たり前ですが、神殿の中には取り返しのつかない品もあると言う事でしょう。
「個人の部屋まではする必要ないから、各階の廊下と洗面、食堂、玄関と、裏庭そこにある井戸周りよ」
なかなか多いですね。頑張らないといけません。
「取りあえず朝は廊下と洗面の掃除をするわ」
夕方に食堂、玄関と裏庭は交互にっと言う事でした。
「はい」
「祈りの時間に間に合わせなくちゃいけないから、急いでね」
「は、はい」
こうして、早速私もお勤めをする事になりました。
先ずはフェリスさんの指示に従い、2階建ての宿舎の廊下の窓を開けて回ります。それから箒がけ……。
「ちょっとちょっと! 何やっているのよ!」
「えっと箒を」
「ただ闇雲に動かしてもしょうがないでしょう! 床を撫で回しているだけじゃない、ゴミを集めなくっちゃ」
「え、あ、そ、そうなのですね」
「埃が見えない? コレをこう……集めながら向こうの端まで行くのよ」
「は、はい解りましたわ」
箒をメイドたちが使っているところは、盗み見たことがあるのですが、見るのとやるのでは全然違うようです。
私でも、感覚で出来ると思っていたのが、間違いでしたわ。
舞い散る埃を、一カ所に集めるのがこんなに難しいとは、箒のここの、ここの部分が、上手く、上手く床に当たりません。
ああ、こ、腰が……腕が……直ぐに疲れてきます。
「私はあっちから集めてくるから」
「は、はい」
フェリスさんは、廊下の反対側に行くと、こちらへと向かって掃きながら進んできます。私も、必死でフェリスさんの方にと進んでいくのですが、もたもたしている内に彼女がこちらに来てしまいました。
しかも、彼女の箒の下には沢山埃が集められています。
「申し訳ありません」
本当でしたら、真ん中で合流しなければ不公平なのですが、駄目でした。殆どをフェリスさんがやってしまいました。
「謝る時間があるなら手を動かしなさい、まだ一階が残っているわ」
「は、はい」
ですが、一階も同じようになってしまいました。私、思った以上に足手まといかもしれませんわ。
こんな有りようですが、掃き掃除が終わりますと、拭き掃除です。
洗面に設置された水瓶から、桶にと残り少ない中身を移しました。
「雑巾はここにあるわ」
「はい」
「少なくなったら、こっちの襤褸布から作るから、貴女裁縫は出来るの?」
「出来ません」
貴族女性なら刺繍などを、嗜むものですが、手間やお金が余分に掛かる趣味など、させて戴けませんでしたので、お恥ずかしい限りです。
「貴女何にも出来ないのね」
「はい……」
「まぁいいわ、雑巾を濡らして窓と棚を拭いて、毎日やってるんでそんなに汚れていないからさっとでいいわ」
祈りの時間に間に合わせなくてはいけないので、とても急いでいる様です。今までに無いくらい、私も急いでいるのですが、足りないのでしょう。
ひんやりとした水に雑巾を浸し、水滴を払って棚の上を拭います。
兎に角、手早く済ませなくては。
「ちょっと、何をやっているの!」
「え!?」
「びちょびちょじゃない! ちゃんと雑巾を絞って拭きなさいよ!」
「えっと」
「こうよ!」
フェリスさんは焦れたように、桶の中に私が持っていた雑巾を戻すと、細く折りたたんでぎゅっと捻ります。
すると雑巾から水が出て、桶に落ちて行きました。なるほど、丁度良い水の量に調節するのですね。
私のやり方では、水が多すぎて通り過ぎた床も、拭いた棚の上も水浸しです。
そんな状態の所を、きちんと絞った雑巾でフェリスさんが、拭いて下さると途端に綺麗になりました。
「すみません」
「それだけじゃ無いわ、掃除は上から順にするの、棚は上から窓も上から、それが終わったら床もモップ掛けする」
「は、はい!」
や、やる事が沢山なのですね。
「じゃあ、ほら、自分でちゃんと雑巾絞ってみて」
「わ、解りましたわ」
「もっと強く、全然絞れてないわよ!」
「は、はい……」
そ、掃除とはなんと大変な事なのでしょう……。