四十五話 封印
「天空の我らが主、空間を統べる母よ。眷属たる守護天使ザハエルが請願いたす。狂気に満ちた妖精キャディキャディの封印を、ここに願い奉る」
キャディキャディ様に守られ、一瞬気を抜いた時です、ザハエル様のそんな祝詞が聞こえてきましたのは。
「ザハエル様?」
驚いて振り向きますと、彼の光輪が白銀の輝きを放っていました。
そして、頭の中に荘厳な声が聞こえます。
『許可します』
そうとだけ響きました。
それは中性的で、とても神秘的な深みを持った声でしたが、ザハエル様の祝詞からしてとても不吉なものを感じさせるものでした。
「ま、待って下さいませ!」
「三神三法により堕落し虐殺を為した妖精キャディキャディを封印する」
ザハエル様が槍を振るうと、どんな魔術陣より複雑な、図形が周囲に浮かび上がります。そして、聖印のように青い結晶が、キャディキャディ様を取り囲むように出現致しました。
キャディキャディ様は、もう心を取り戻していらっしゃいます。
「止めて下さい!!」
「うきゃあぁあーー」
「ああ、キャディキャディ様」
私を、包んで下さって居たキャディキャディ様が、結晶の中心に吸い寄せられていってしまいます。そして、結晶が一つに組み合わされると、その中に封印されて仕舞ったようでした。
「ザハエル様」
ザハエル様が手を翳すと、その結晶はスルスルと縮んで収まります。
輝く光輪も消えてしまいました。
「これだけの事をやらかして、ただで済ます訳にはいかないからな」
「確かに、そうかもしれませんが……」
私は反論しようとして、何も言えませんでした。キャディキャディ様が封印された事で、王都を覆っていた雨雲が切れ始め、差し込んだ光が被害の甚大さを照らし出し始めています。
水没した家々、きっと沢山の犠牲者が出てしまっているでしょう。
ただ、これは私にも責任のあることです。キャディキャディ様お一人に、背負わせ封じられる事になるなんて……。
「それにまだ、正気に戻った訳じゃ無いだろう。四散した欠片を取り込んだ奴らも、これで多少は落ち着くはずだ」
ザハエル様はふわりと着地されますと、私にキャディキャディ様を封じられた結晶を渡して下さいました。両手でやっと持てるほどの水色の結晶は、ずしりと重く幼子のようです。
『うわああぁぁん……ふういんされちゃったよ……』
「キャディキャディ様?」
『うあぁあああ”あ”……まりー』
中から泣き声が聞こえます。
「封印されてても会話ぐらいは出来る、お前は福者だしな」
「そう、なのですね」
結晶をぎゅっと抱きしめます。
此方の声も聞こえているはずですのに、返答されないのは、やはりまだ正気では無いからなのでしょう。
しかし、本体を持って丁寧に回収すれば、ばら撒いてしまったキャディキャディ様の霊体を、集める事も出来るかもしれないとザハエル様は教えて下さいました。
そして、元に戻せれば彼女も安定するだろうと、そうなれば封印を解ける日も多少は早くなると。
「面倒な作業になるが、やるかだ」
「是非! 是非お願い致します! もし、ザハエル様が面倒でしたら、その方法だけでも教えて下さいましたら、私がやらせていただきますので!」
「解った、教えてやろう」
「はい、よろしくお願い致します」
どんなに大変でも、キャディキャディ様をお助けできるならば、何でも致します。
今度は私が、助ける番ですもの。
「それと、ザハエル様、その方は……」
「ああ……」
ザハエル様がもう片方の腕に抱いた少女について、尋ねます。キャディキャディ様が、宿っていた肉体、その持ち主は、もう……いらっしゃらないようでした。
「奪った訳では無いようだが、一度神霊が宿ったものだ、然るべきしょ……」
「天使様!!」
話をしておりますと、急に大声でザハエル様に後ろから呼び掛けます、これは妹ですわね。
彼女は居住まいを正すと、ザハエル様に満面の笑みを向けました。
「天使様、お助け下さり有り難うございました」
「アナベナ?」
反射的にでしょうか、ブレダン王太子が彼女を引き留めようとしましたが、その手をすり抜けて此方に駆け寄ってきます。
「私、マリーお姉様の妹で……」




