四話 黒い修道服
「そんな事も知らないの? 明日から嫌というほど教えて上げるから! 取りあえず今日は部屋で大人しくしてなさい」
そう言って彼女は部屋の扉を閉めると、行ってしまいました。
呆れられてしまったようですね。
しかし、大変申し訳なく、情けない事なのですが、本当に私は掃除の方法を知らないのです。
私もどうにか屋根裏を自分で綺麗に出来ないかと思った時もあり、メイドたちの仕事を見て覚えようとしたのですが、その様な事をすると、両親にとても厳しく叱られました。
伯爵令嬢が、下々の仕事の真似事をするなと。
それでも何度かこっそり挑戦したのですが、雑巾や箒の一つでも持とうものなら、継母に真っ赤に焼けた火ばさみを押しつけられ……
回復神術で治せるといいましても、あまりの痛みに耐えられず、私は諦めてしまったのです。
そうして興味も必要性も感じてはいましたが、そんな気持ちとは裏腹に見ないよう見ないようにと過してきてしまいました。
あの熱が、どうしても怖かったのですわ。
「でもここでは生きていくため必要になります、身に付けなくては、身に付けても良いのですよね」
もう私は、伯爵令嬢ではありません、王太子妃候補でも無いのです。
「ただのマリーになったのですわ」
自分に言い聞かせるように声に出してみると、またも何やら冷たいものがこの身を包んだように感じました。それは何とも心許なく、しかし清々しくもあります。
私は、もう独りぼっちですが、もう誰にも縛られる必要も無いのかもしれません。
とはいえ、今度は修道院での勤めを果たす必要がありますけれど。
その事に不満はありません。私のような者が市井の生活に一人で順応出来る訳がございませんから、むしろ寝泊まりが出来る場所があり、色々教えて下さる人を付けて戴けた事は、有り難い事でしょう。
これからの事を考えながら暫く部屋で一人休んでいると、フェリスさんとは別の年配の修道女が部屋に訪れて、ここでの生活に必要な品々を届けて下さいました。
お礼を言って、彼女にもお名前をお伺いしたかったのですが、名乗れるような名は無いと直ぐに出て行ってしまわれました。
少し気落ちしてしまいましたが、これからこの修道院の方たちと打ち解けられるように努力していきましょう。
家族や貴族たちとは努力しても、良好な関係を築く事が出来ませんでしたけれどね。
……何とか、なると良いのですが。どうにもならなかったとしても、私には他に行くところも、ありません。
「とりあえず先ずは形からですね」
着たままだった卒業式のドレスを脱いで、戴いたばかりの修道服に袖を通します。
黒いローブと、同色の短いケープ。天空の女神様を信仰する女神教では、位が高い者ほど明るい空色の法衣を身に纏うと習いました。
ですから、黒色はきっと一番下の見習いの服なのでしょう。
装飾も少なく、白いラインが入っただけのそれは、今の私にピッタリです。
重たく、ゴテゴテとした装飾から解放されて、背筋が伸びるような気がいたしました。
「ドレスはもう着る事は無いかもしれませんね」
しかしもしかしたら、何かの役に立つ時もあるかもしれません。と言うよりも処分の方法が解りませんし。
ですので私は脱いだドレスをクローゼットに押し込めて、ワイヤーパニエをたたんで家具と壁の隙間に差し込みました。仕方なく持っていた片方だけのヒールの靴はベッドの下へ。コルセットも見たくも無いので、奥の方に入れてしまいましょう。
それから換えの修道服や下着を出し易い位置に仕舞い、一緒に戴いた雑貨を部屋に配置致します、すると何やら楽しい気持ちになってきました。
今日からここが私の部屋なのですね。
屋根裏では無い、私の部屋。
「出来るだけやってみましょう」
雑貨の他にも、修道女としての勉強に必要な物なのでしょう、数冊の使い古された教本がありましたので、早速開いて読んでみる事にいたします。
教養として、基礎的なバイブルは読んだ事があるのですが、もう一度しっかりと勉強し直す必要があると思いました。
私は天空女神教のなんたるかを、まだ本当に解ってはおりません。いいえ、加護を受けている妖精様の事も何も知らないのです。




