三十九話 封雨の王都
神殿が突然の湧水。噴き出した真っ黒な水によって崩壊したその日、空は、黒雲に鎖され、王都は大混乱に陥った。
儀式のために集まっていた、大勢の人々はその濁流に飲まれ。高位貴族やその子弟にも、多くの犠牲者が出る。そして、死を免れた者も、神霊の助力が得られず、更なる苦痛を賜る事になった。
城外では雨の降りしきる中、民のマリーを求める声は止まず。
城内では、聖女アナベナと王太子ブレダンの責任追及が求められていた。
「聖女は何を召喚したというのだ!」
「あれは、悪魔では無いのか!!」
「そんな訳有るか!」
「単純に、儀式が失敗しただけだ」
国王派の貴族が擁護し、苦しい言い訳を繰り返す。
「失敗しているでは無いか!」
「そ、それは聖女様の責任では……」
「では、誰の責任なのです、儀式の場を整えたのは聖女と王家では無いのですか?」
議場の中心、一段高い場所に座る王族。
特に王太子に周囲の視線が集まる。ブレダンは冷や汗を垂らしながら、なんとか返答を返した。
「ぎ、儀式の準備は、神官達の指示に従い、伝統に則った形で行った」
「では何故失敗したのですか!?」
ブレダンは父王フランフに視線を送るが、彼はそれに応えない。ただ、貴族達の方を見据えているだけだった。
神霊の儀式については王太子に、一任されていたため、それが当たり前だとの態度であった。
「神官達の多くが亡くなっていて、原因はいまだ調査中だ」
こう言ってみたものの、実際は調査などしていない。
調べるまでも無く、彼も原因は解っている。マリーの所為だと。
こんな事になると、何故言わなかったのか。きっと、妹のアナベナに気持ちが移ったのを許せず、わざと何も言わずに追放を受け入れたのだ。
知っていれば、王都に居させてやった。あんな遠くの修道院になど、行かせなかったものをと。
「そもそも本当に、聖女なのか?」
「マリー、様の方が、本物だったのでは無いのか?」
「そんな訳無いだろう。マリーが聖女では無い事は、本人が認めていた。皆もその場に居て、聞いていたはずだ!」
学園の卒業パーティーには、多くの貴族が出席していた。
皆その場に居て、誰も断罪に反対せず、むしろ喝采していたのだ。
問題があると思っていたのならば、臣下としてその場で止めるべきだっただろう。大事になってから、掌を返して、何と忠義の無い者たちなのかとブレダンは苦々しく思った。
「コールドウィン伯爵は、何か解らないのか?」
「も、申し訳ありません。神秘に付きましては、私では解りかねます。娘も、あれから伏せっておりまして……」
質問に、アナベナの父は動揺しながら答える。
どちらにしても、この状況の中心は、自身の娘であるのだ。どう言い繕う事が出来るだろう。彼の顔にも、ブレダンと同じ焦りの感情がありありと浮かんでいた。
「それでは、もう一人の方に問いただすっと言うのはどうだ?」
父王が漸く発言をする。
しかしそれは、ブレダンにとって望ましい提案では無かった。
「それは」
「元聖女マリーを、この場に召喚しようでは無いか、そして今一度問いただすのだ」
「父上、マリーは犯罪者です! それを王都に戻すなど……」
ブレダンは焦った、マリーの代わりにアナベナが儀式をしただけで、神霊が怒り狂ったのだ。
自分がマリーを王都から追い出したと知られたら、彼女がキャディキャディに話してしまったら、いったいどんな目に遭わされるだろう。
きっと嫉妬に狂ったマリーは、あの恐ろしい神霊に復讐を願うはずだ。
奴隷商人が弾け飛ぶ姿は、脳裏に焼き付いている。あんな風に、死にたくないと、ブレダンは強く思った。
「しかしそうも言っていられぬ。雨が止まず、黒い水も尽きる事無く湧き出しているのだ。神霊について、よく知る者が必要だ」
こう言われてしまえば、迎えを送るより他は無い。
聖女アナベナを疑う者たちも、民の暴動を危惧する者たちも、マリーを呼び戻すと聞いて一旦矛を収める。
お陰でそれからは、湧き水や続く雨に対する対策について、話し合いが行われていった。
会議を終え、自室に戻るとブレダンは頭を抱えた。
「死にたくない、死にたくない、しかしどうすれば……どうしてこんな事になったんだ……」
妖精など、神秘的にただ可愛らしく、飛び回るだけのものだと思っていた。
実際、実家でのマリーの扱いは酷かったが、川の妖精が彼女を守り、家の者に何かするような事は、一度も無かったのだ。
妖精にその力が無いか、あるいはマリーの事をそれ程、気にかけてなどいないと高をくくっていた。
「急に何故だ! 婚約を破棄したからか?」
そこに、ノックと共に王太子の返答を待たず、誰かが入室してくる。
「ブレダン様ぁ!!」




