三十八話 分霊
宿屋からもアマト様に連れられ外に出ます。引かれたお手もそのままに、人気の無い方へと入って行きました。普通でしたら、身の危険を感じるところでしょうけれど、お相手は神霊様ですから心配はしておりません。
それよりも、どうされたのか、その方が心配です。
「フェリスさんをお一人で残して、大丈夫でしょうか?」
「連れて行くより安全だろう」
鳥のお姿で見守っていらっしゃるので、確かにそうかもしれません。しかし、慣れない土地で離れてしまうと、どうしてもその、私が不安なのかもしれませんね。
周囲に誰も居ないのを確認されますと、ぐいっと引き寄せられて、ひょいっとアマト様に抱き上げられました。え、だ、だきあげらら、あわわ……。
「きゃっ」
な、なぜ何の脈略もなく、私はお姫様抱っこされ、されているのでしょう!?
しかも、世にも美しい守護天使様に……。
「ザハエル様!?」
しかし、慌てている場合ではありません。ザハエル様の隆々とした肩越しに、青い翼が広がりました。いいえ、むしろ慌てるのは、ここからだったのかもしれませんね。
ザハエル様は、私を抱き上げたまま、羽を広げただけでフワリと地上から浮き上がり。それから羽ばたきが風を切る度みるみる地上が町が、遙か下へと遠ざかって行きます。
「……ひぅっ!!」
雲というのは、触ったり上に乗ったり出来る物では無かったのですね。そうなりますと、天使様たちのお住まいはどちらになるのでしょうか?
私はそんな益体の無い事を考え、美しくも恐ろしい目の前の情景から、暫く目を背けます。密着して激しくなる鼓動とかにもです。
「落したりしないから、安心しろ」
「は、はい。あのっこ、このまま、王都へ向かうのでしょうか?」
そして、キャディキャディ様のもとへ……。
人の移動速度に合わせては居られない、そんな異変があったのでしょうか?
「……さっきは言わなかったが、人々を操っているのは、キャディキャディだ」
「え!?」
「彼奴の霊の欠片が、混じっているのが見えた」
「ど、どういう事ですか!」
ザハエル様のお言葉に、血の気が引くのが解りました。あれを、キャディキャディ様が行っているだなんて、私を探すため……?
彼も渋い表情をされながら、続けます。
「分霊って術があるのは、教えたよな」
「あ、はい。あの鳥のお姿を持って、同時に別の場所に存在出来るのですよね」
「ああ。ただ分霊と言ってはいるが、分割しているのは思考の方で、実際霊体は完全に分離している訳では無くてな、霊核がある本体とは繋がっているんだ。だから他の分霊の状況は何時でも解るし、何時でも元に戻る事が出来る」
ザハエル様が仰るには、フェリスさんが冒険者ギルドに到着したのを、今も建物の上から見守っていらっしゃるそうです。
「ピンと来ないかもしれないが、あくまで一柱の神霊が、複数の作業を同時進行しているだけのものだ」
「は、い」
なるほど、これがお忙しいと言う意味なのでしょうか?
同時に、色々な場所で違う作業、不器用な私では想像するだけで混乱してしまいそうですが。
「分けられる数も神格で決まっている。だが、キャディキャディが今やっているのは術じゃない。霊体自体を砕いて、ただばら撒いているだけだ。それを取り込んでしまった生き物が、彼女の疎らな意思に操られているんだろう」
「それは、どうなるのですか? 操られている人たちは、キャディキャディ様は……?」
「極小さな欠片にはなっているが、普通の人種に神霊を受け入れる、器は無い。濃度が濃くなれば、身体が持たないだろう。勿論、自我を戻すのは更に厳しくなってくる」
「そ……んな……」
「キャディキャディの方も、この勢いで霊体を砕いてしまっては、自己を保てなくなる。既に、狂ってしまっているのかもしれんが」
町の人たちが、キャディキャディ様が……。
身体が持たない、自己を失う!?
「そんな、そんなの駄目ですわ!!」
誰も、そんな風になって欲しくありません。
「解ってる、そんな訳で兎に角急ぐぞ!」
「はい!」
私が返事をさせていただきますと、周囲を水の膜が取り巻きました。少し嫌な予感が致します。しかし、覚悟は決めております。
どんなにザハエル様がお速く飛ばれましても、風景が引き延ばされて、何も解らなくなりましても……。騒がず耐えて、耐えてみせますわ!




