三十六話 マリーを探して
追い縋る人々から逃れて、人気の無い路地に馬車が停止致します。どうやらお二人のお陰で、逃れられた様です。
御者台を覗くと、フェリスさんの身体が恐怖で震えているのが解りました。けれども笑って、私に声を掛けて下さいます。
「大丈夫?」
「はい。すみません、大丈夫です」
しかし、いったい何がどうなっているのでしょうか?
あの方たちも、男爵子息の手の者、と言う事でしょうか?
それにしては皆様子が、おかしかったように思いますが。
「落ちた方々は、大丈夫だったでしょうか」
速度が出た馬車に飛び付いて、無事では済まないと解っているでしょうに、全く躊躇う様子がありませんでした。
それ程の殺意が有ったのでしょうか、恐ろしいと感じます。
「ああ、それなら心配ない。水で包んで適当に着地させといたからな」
「それは、有り難うございます!」
「お前が礼を言う事でもないと思うが。それに、彼奴ら変だったからな」
「そうよね、変だったわよ!」
「静かに、見付かるぞ」
「はっ」
フェリスさんがその異常性を訴えるように大きな声を出します、すると空かさずアマト様は注意致しました。私も気を付けないと行けませんね。
周囲を二人で見回しますと、アマト様が肩をすくめられました。
「ま、そこら中に配置してるって訳でも無いらしいが」
「あれは……普通では、普通と言うのも変ですが、ただの刺客と言う訳では無いように、思うのですが」
「ああ、そうだな、正気では無さそうだった……」
だからこそ、アマト様は傷付けないように計らって下さったそうです。しかし、アマト様の目にもそう見えるとは、どういう事なのでしょうか?
考えておりますと、徐に彼は馬車から飛び降ります。それから、フェリスさんに盾を押し付けて仰いました。
「ちょっと待ってろ、確認してくる」
「ええ、ちょっ、こんなの渡されたって、えゎ軽い」
「すぐ戻る」
それから、あっという間に路地から出て行って仕舞われました。確認とは、何をされるのでしょうか?
アマト様ですから、心配は無いとは思いますけれど。
「もう、何処行くのよ。護衛対象から離れたら、意味ないじゃ無い。私回復系の神術しか使えないわよ……」
「フェリスさん、その、その盾。多分凄い……神ぎ……魔導具だと思いますわ」
守護天使様の使われている武具ですから、しかもまた何処からともなく取り出されましたわ。
一体、どの程度の能力があるかは解りませんが、弱い物だとは思えません。
「え、そうなの? 何だか紙のように軽くて、心許ない感じだけど?」
「間違いありませんわ、昨日の襲撃でもそれで守って下さいましたもの」
「ふーん」
金属のそれなりに大きな盾ですのに、本当に軽いのですね。フェリスさんは軽々持ち上げると、自身と私が顔を出している窓を、覆うように構えました。
「無いよりはましかしらね?」
「無いよりましとは何だ」
「きゃっわぁ!」
「大きな声出すなって」
「なら驚かさないでよ、は、早かったわね」
本当に直ぐに戻られたので、私も吃驚致しました。しかもアマト様は、肩に見知らぬ人物を、一人担いでいらっしゃいます。
襲撃者を一人、捕まえて来られたと言う事でしょうか。
「すぐに戻ると言っただろ」
「そうだけど、あ、これ返すわよ」
「おう」
その人を馬車の影に下ろすと、アマト様はじっくり観察されるように眺め始めました。馬車の中からでは、良く解りませんが、普通の町の人だと思います。
ただ暫くの間、無頓着に過ごされていらっしゃるのか、少し汚れ、手足など細かい傷が目立っていました。
「……起して尋問とかするんじゃないの? 見るだけで何か解ったりするの?」
「これでも、それなりの鑑定眼は持ち合わせているんでな」
「? それで何か解ったの」
フェリスさんが質問されると、アマト様はとても険しい表情をされました。
悪い予感が致します。
「他者の、……他者の意思と霊が混じっているようだ」
「待って、じゃあ洗脳とか、乗っ取られて操られてるとかって事?」
「そうだな、そんな感じか」
フェリスさんの質問に、アマト様が首肯されました。魔術、とかで、でしょうか?
そんな事が出来るなんて、そんな方法を用いるなんて、いよいよ恐ろしい事になって参りました。なにより、この方も先ほどの方たちも、私を襲うために不本意に利用されていると言う事でしょう。
居ても立っても居られず、私も馬車を降り、横たわる人の側に駆け寄りました。
「おーい、危ないだろうが」
「しかしこの方は私の所為で……」
申し訳なくて、心苦しい。自分が酷い目に遭うよりも余程。
「慈悲深き天空の女神様、どうか祈りをお聞き届け下さい……」
「あ、こら」
私が項垂れていますと、フェリスさんが回復神術を使い始めます。何故かアマト様が止められますが、彼女の祈りは呼吸をするように自然で素早く、完了されてしまいました。
フェリスさんも、誰かの勝手で傷付けられたこの方を、一刻も早く解放して差し上げたいと思われたのでしょう。
「……天なる癒し……清浄化」
しかし、術が終わり開いたその人の瞳に、正気の色が戻る事は有りませんでした。ふらりと起き上がり、周囲を無感情に見回します。
「マリーどこ……マリーどこに居るの……」
先ほどの様に襲いかかってくる訳ではありませんでしたが、ブツブツとそう繰り返し呟き始めました。そこまでして、私を探しているのですか!?




