三十三話 愚か者たちの称号
移動は順調に進んで、しかしそれは、四日目の夜に起こりました。
明日は町の宿屋に泊まれると、フェリスさんと夕食を取りながら談笑していた時です。
「フェリスさん?」
急に横に座っていた、フェリスさんの頭がぐらりと揺れ、手に持っていた器も取り落されます。目の前の焚き火に倒れかかりそうになり、私は慌てて彼女の身体を支えました。
一体どうしたのでしょうか、急な体調不良かと考えて、直ぐに自分の身体も力が抜けていく事に気付きます。
「き、気を付けてたのに……」
「フェリスさん、何が」
彼女は目を閉じ、完全に力が抜けてしまいます。
何が、何が起きたのでしょうか?
回らない頭で考えます。神術で回復を、いいえ、兎に角助けを求めなくてはなりません。
焚き火の向かい側には、アマト様が、少し離れた場所には、警護の兵士たちがいらっしゃいます。食中毒か魔物の攻撃でしょうか、異変に気付いて戴けたら直ぐに対処して下さるはずです。
「……」
「ザハエル様……? 貴方たち……」
「ふはっはは……」
「ブへへへっ……」
手に持ったスープを覗き込んで、俯いているザハエル様の後ろから、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた男爵子息と兵士たちが、此方に近付いてきています。
流石に私も、気付きますわ、彼らが何かしたのでしょう。
「油断しましたね偽聖女様」
「どうしてこんな事を」
しかし、なんでこんな事をするのか、解りません。
キャディキャディ様がお怒りなのでしょう、原因が何か、変化は何か、解らないはずは有りません。それで何故、私たちに毒を盛るような事をするのか解りませんわ。
事態を収拾したいと言う、目的は一致していると思っていたのですが。
「愚かだからだろう」
私の問いに、ザハエル様が答えて下さいます。
彼はため息を吐くと、手に持っていた器をその場に置かれました、中身は全て飲まれたのか空です。夕食に何かされたのだと思うのですが、ザハエル様も……?
「ふん。合理的な判断ですよ、偽物に今王都に戻られて、嘘を吹聴されると困るんですよ」
「嘘……なんて、私は言うはずありません」
嘘など言うつもりはありません、ただキャディキャディ様に無事を伝えたいだけ、ご心配をお掛けした事をお詫びしたいだけなのですから。
「真実を言われても困るんだろう」
アマト様はそう仰ると、すっと立ち上がり、何処からか槍と盾を取り出しました。
彼には効いていない……のでしょうか。
「まだ、動けるのか?」
「慌てるなあの薬は、竜種さえ眠らせる。Sランクと言えど、立っているだけで精一杯のはずだ」
「アマト様……」
「あ、普通に大丈夫だぞ、心配するな?」
そうですわよね。神霊様に人の作った眠り薬など、そうそう効くはずがありませんでした。
彼のあっけらかんとした表情に、何だかホッとしてしまいます。
「お前も寝てていいぞー」
此方に振り返られ、盾を私たちの前に突き立てられます。すると、流水をかたどったような青銀の盾から、本当に水が湧き出でて、私とフェリスさんを守るように包み込みました。
私が貸し与えて戴いた、水の守のその本流と言う事でしょうか。
「ちっ魔盾か」
「慌てるな、倒して解除すればいい事だ」
「おーおー言ってくれるな」
アマト様と兵士たちが対峙致します。彼らに勝ち目は無いでしょう。しかし、私の心がざわめくのを止められません。
「アマト様、どうか彼らの命はお助け下さい」
「えぇ~」
私がそう願うと、アマト様はとても面倒そうな表情をされました。刃を向け、とんでもない無礼を働いている、そんな相手の助命をお願いしたのです。無理を申しているのは解っております。
「お願い致します」
頭がくらくらします。説得に足りる言葉も上手く出てきません。しかし、やはり嫌なのですわ……。
「しっかたねぇな、殺さずに退ける方がよっぽど難しいんだけどな」
「申し訳ありません」
それでもアマト様が了承して下さいました。
「余裕で居られるのも……」
「ぐだぐだ言ってないで……」
「死ね……」
良かった、アマト様は一度仰った事を反故にする事はないでしょう。
戦闘の音と、彼らの声がどんどん遠くに離れて行きます。フェリスさんを抱きしめながら私の意識も落ちて行きました。
ふと意識が戻りますと、その視線の先にあるのが、見覚えのある馬車の天井である事に気付きました。
横を見ますと、同じように椅子に寝かされたフェリスさんが。
彼女の寝息は穏やかで、安心致しました。
私に掛けて下さっていた、布を畳んで馬車の外に出ますと、アマト様が何時ものように寝ずの番をして下さっているようでした。
「アマト様」
「起きたか?」
「あの……」
周囲には僅かに戦闘の痕がありますが、死体や血痕の様なものは見当たりません。
「心配しなくても、殺しちゃいないぜ」
「有り難うございます」
「そうそう”称号”を付与してやったくらいだ」
にやにやと笑いながら、両の手で二本ずつ立てた指をくいくいと曲げで見せられます。
とても楽しそうでありながら、不安になる仕草ですわね。




