三十二話 南へ
「駄目です。危険ですわ」
「そうだぞ、お前は安全な所に居ろ、此奴は俺様が守ってやるから」
「それが心配なのよ!」
ビシッと、フェリスさんはアマト様を指さします。
「貴方がマリーに不埒な事をしないか、確り見張る必要があります。だから私が一緒に行く!」
そう宣言して、本当にフェリスさんは一緒に来て下さる事になりました。なってしまった、と言った方が宜しいでしょうか。
神官長様も相手の方も、押し切るように説得してしまわれるとは……。
何があるのか、解らないのにとても心配です。
「男ばかりのところにマリーだけで、旅なんてさせられないでしょう、誰がお世話するのよ」
「いえ、来た時と同じでしょうし、お世話なんて……」
牢付きの馬車で、運ばれて行くだけでしょうから、何も無いと思うのですが。
そう思っていたのですが、普通に荷造りをして乗り込んだのは、普通の馬車でした。
一般的な貴族が乗るような、箱馬車です。
「ちょっと、エスコートしなさいよエスコート!」
「俺が? するかよ」
隣に座ったフェリスさんが、向かいの席に腰を下ろしたアマト様に怒っております。
何時も通り振る舞われているのが、凄いと思います。私など、神霊様が一緒に来て下さると解っておりますのに、恐怖に――震えそうになる手を、フェリスさんがギュッと捕まえて下さいました。
他人の手がこんなに温かいと、感じた事は無かった様に思います。
「ま、此奴は必要……か、一人が二人になった所で、だな」
「何をブツブツ言っているのよ」
「いやぁ、べっつに~」
「……お二人とも、……一緒に来て下さって有り難うございます。本当はとても心強いです」
「マリー、大丈夫よ」
それから、暫くの馬車の旅が始まりました。
数刻進んでは、馬を休ませ、夜は野宿です。ルタンガー男爵子息と兵士たちとは、距離があり、あまり打ち解けるような事はありません。
寝る時は、それぞれ別の馬車でですし、食事の準備などはフェリスさんが中心に、ある程度一緒に行っておりますが。
「アマト様、夜ずっと見張りをされているようですが、大丈夫ですか?」
「別に平気だ、多少の寝ずの番くらいな」
「兵士たちと交代で、警護すればいいのに、意外に人見知り」
フェリスさんが、そんな事を仰います。まさかそんな訳も無いでしょうが、彼らと私たちの間には、奇妙な緊張関係が続いていますから、協力するのは難しいのでしょう。
「な訳あるか、彼奴ら信用ならねぇからな」
「まぁそうよね……」
「彼らは国の兵士ですよ、職務には忠実なはず……ではないのでしょうか?」
「だといいんだがな」
私は、彼らからしたら罪人、フェリスさんたちもその関係者として好感は無いでしょう。しかし、命じられた仕事は熟すはずです。
王命は絶対なのですから、何が何でも王の御前まで私を無事に連れて行くでしょう。
そう思っているのですが……。
「あ、ならアマトは馬車での移動中は寝ていなさいよ。その間は私が見張っているから」
「いや、だから平気、あーそうだな寝ておこうかな? どうせなら膝枕してくれよ、膝枕」
またその様な、からかいをアマト様は仰います。
フェリスさんは顔を真っ赤にしていらして、反応が可愛らしいと思われて居るのは、解るのですが少し気の毒ですわね。
「いやよ、なんで私が!」
「では、私が膝枕致しましょうか」
「お、いいのか!」
「駄目に決まってるでしょ!」
抵抗したフェリスさんがクッションを押し付けて、アマト様は楽しそうです。
ちょっと参加して、フェリスさんから標的を変えようと思ったのですが、普通に可笑しくて私も笑ってしまいました。
「ははっお前も冗談を言うようになったか?」
「そ、そうよね。冗談、や、マリーが悪い影響を受けてるじゃない!」
「どう考えてもいい影響だろう」
「ふふ……」
これがただ三人での旅なら、どんなに良かったでしょうね。
妹がキャディキャディ様を呼び出す事は出来ない、かもしれないとは思っておりましたが、まさか癒やしの祈りに応えて下さらなくなるとは、考えてもおりませんでした。
しかも、それだけでは無いようなのです。
ザハエル様が分霊である鳥のお姿で、先に王都方面の様子を探ったところ、神力を溢れさせ川を黒く染め。ずっと雨を降らせて、今や他の神霊様を自身の領域から追い立ててしまわれたようなのです。
前よりも確実に悪化していると。
ザハエル様は自身の方が神格的には上だから、無理矢理入る事は出来ると仰いました。
がしかし、無理に入れば、戦闘になるかもしれない。やはりその時は、私が居た方がいいだろうとの事でした。
何とか穏便に、そのためには私が上手く説得して、怒をおさめて戴かなくてはなりません。
上手く説得、私が……。
キャディキャディ様に、上手く意思を伝えられた記憶があまり無く、考えるだけで不安です。でも、やらなくてはなりません。
私はきちんと向き合って、お話をしなくてはならないのです。




