三十話 演劇
荘厳な音楽、光魔術による演出。
神殿に詰めかけた貴族や豪商たち、外に詰めかけ、中に入れないながらも救いを求める民衆。静かでありながら、熱狂する期待の中で神官たちが香を焚き、祈りを捧げる。
そして、それらが最高潮に達した時に、アナベナが中央へと現れた。
「おぉ……」
神官服でありながら、宝石をふんだんに縫い付け、乱反射した虹色の光を周囲に引き連れる。背には、水色の透ける布で作られた、妖精のような羽根。常にふわふわと揺れているのは、魔術師長の子息が手配した魔術師たちが、風魔術で羽ばたかせているからだ。
手には聖銀で作られた、杖を持ち。観衆に微笑みかける。
「真の聖女のアナベナですわ。皆様を不安からお救いするため、河川の妖精キャディキャディに来て戴きましょう」
音楽が彼女の言葉と共に、第2楽章を奏で始めた。
その音楽に合わせて、祭壇にしずしずと上って行き、それに呼応した様に階段が光る。
「妖精キャディキャディよ、真なる聖女の呼びかけに答えよ、妖精召喚!!」
彼女が両腕をばっと広げると、祭壇の人工川から水が吹き上がり。その中から人影が浮かび上がる。
わっと歓声が上がり、アナベナは上手くいったと密かにほくそ笑んだ。
後は、川の色など変ろうと何も問題は無いと、妖精役に喋らせるだけ。
「さぁ、キャディキャディよ教えて、どうして川が黒くなったのか」
「……」
だが少女は、口を閉ざし俯いている。
「打ち合わせと違うじゃ無い、もしかして寝てるの?」
小声で、アナベナは不満を呟く。それに練習の時より水の動きが派手で、位置も高い。あくまで自分が讃えられるための添え物であるのに、目立ちすぎるのは気に入らない。
何をやっているのか、周囲に隠れている下男や神官に視線をやると、彼らは驚いたように呆けていた。
「何を……!?」
しているのか、疑問を口にする前に地面が揺れ始め、アナベナは立っていられなくなる。観客たちからも悲鳴が上がった。
川の水は沸き立ち、重力を無視して四方八方から水柱が立ちのたうつ。
「きゃーこんな、こんな演出頼んでないわよ!!」
そうして、みるみるそれらが黒く染まっていく。
その様子を見て、初めてアナベナはその事象が恐ろしく、重大な事だと理解した。
「うそつき、うそつき……うそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきぃいいいいいいーーーーーーーーー!!!」
少女の声が神殿に響き渡る、しかしそれは元々の彼女の声では無かった。
もっと幼い何かの声だ。怒り狂う中に入った、神霊の声だ。
「みんなうそついてた、わたしにうそをついていた」
「っちょっと、早く止めて」
「は、はい。命令だ黙れ!」
控えていた奴隷の持ち主でもある興行主が、命令を下す。
しかし首に付けられていた魔導具は、一瞬で砕け散り、少女の身体に浮かび上がった魔術陣も直ぐに消え失せる。
奴隷術も魔術の一種だ、神霊は魔力を純粋なマナに変換し無力化する事が出来る。意思を持って行使されたモノで、司る属性では無いので、多少の時間は係るだろうがそれでも数秒だろうか。
「おまえ、だいきらいだって」
少女が興行主の方に手を向けると、パンと身体の内側から弾け飛んだ。
体内の水が、この国に流れる水が、外へと一斉に向かって飛び出したのだろう。
後に残ったのは、人間だった肉片だ。その光景を見てアナベナは悲鳴を上げる。
「キャーーーー!!!」
「まりーはどこ?」
「アナベナ!」
「聖女様をお守りせよ」
王子と騎士団長子息、魔術師団長子息が彼女の側に駆けつけ、騎士や魔術師たちを焚き付ける。
だが、剣や杖を抜いて、少女に向けた者から順に弾け飛んで行く。
するとその異常事態に恐怖し、従う者は居なくなってしまった。
勿論、観客も混乱しながら、貴族やら貴人の皮を脱ぎ捨てて、逃げ惑っている。
「ひぃ!!」
「なんなんだ、この化け物は」
「まりーはどこ?」
「し、知らないわよ!」
水に乗り、祭壇に着地した少女の問いに、アナベナは苦し紛れに答える。
所詮それも嘘だったのだが、それに落胆すると神霊は、「そう」と頷いた。
「ならじぶんでさがす」
それから爆発が起きた。
大量の真っ黒い水が地から湧きだし、神殿を内側から破壊し、中に居た人々を押し流したのだった。




