二十九話 儀式(?)の準備
ラルテル王国、王都の精霊神神殿にて、数月掛けての準備が進められていた。
それは新たに、そして真の聖女として認定された、アナベナ・コールドウィン伯爵令嬢の提案によるものだ。
ラルテル王国南部、王都とその下流域に広がる街々、その間を流れる神聖な川。今やその全てが黒く濁り、様々な不吉な現象が起き始めていた。
民からは不安の声が高まり、都市の機能は低下し、いつ暴動が起こるかと危ぶまれる状況となっている。
それらを治めるため、盛大な儀式を執り行おうと言うのだった。
「最初は、家族と王様を納得させられれば良いと思っていたんだけど、逆にいっぱいお金が掛けられて良い感じね」
踊るように、神殿の中を歩いて、祭壇の上にアナベナは上がる。
水を信奉するラルテル王国の神殿の中には、人工の池や川が作られていて、水が神殿内を通っているのだがその縁で、彼女は手を上げて合図を送った。
「上げてー」
そう言うと、細いロープが引かれて水の中から何かが上がってくる。
水飛沫を上げて、引き上げられたのは――
「げはっーゴホッガハッ……!」
薄布を纏、着飾らせた少女だった。
飲んでしまった水が、口や鼻から吐き出され、判別はつき難いが泣いているのだろう。
その様子をアナベナは冷ややかに眺める。
「汚いわ。もっと綺麗な顔して出て来られないの? 見掛けで選んだのに」
「すみません聖女様、この、奴隷が!」
アナベナが不満を漏らすと、直ぐに派手な格好をした男が横合いから出て来て、彼女の機嫌を取った。
この男は、王太子に頼んで見付けて貰った興行主で、普段は奴隷を使っての色々な演劇を公演したりしている。
何時も使っている奴隷の女優などは、貴族たちにばれる可能性があるため、今回は買ったばかりの子供を用意したのだった。
「ぜぇっへっーすみ"まぜん……はぁ……」
「五月蠅いわ、喋らせないで」
「は、申し訳ありません。命令だ黙れ!」
「……」
男が命じると、飾りのように目立たぬ形にした魔導具が輝き、少女が口を噤む。
「明日は本番なのよ、もう一回沈めて」
「はい、すみません。やれ!」
「……」
何も言わずに沈んでいく少女の顔を見ていると、アナベナは自身の姉の事を思い出す。抵抗せず、口答え出来ず。我慢している顔を、それをズタズタにするのが彼女はとても好きだった。大嫌いだった。
悲劇のお姫様のつもりで、気持ち悪いのよねと。
「上から見ると、透けるわね」
神殿内の水は苦労して他所から取り寄せ、濁らないように、金を掛けて管理している。
神霊の加護に曇り無しと、見る者を安心させるため。だが、透明な水に沈めた少女が丸見えだった。
「本番でこの角度から覗ける場所に、入れる人は居ないから、大丈夫だと思うけど」
「まあ、ブレダン様」
愛する王太子に声を掛けられると、アナベナは嗜虐的な表情を引っ込め、花が咲いたように微笑んで振り向いた。
一番美しく見える様に、ドレスの裾を翻し、王太子の胸に飛び込む。
彼女を抱き留めて、ブレダン王太子は少し浮かない表情で、周囲を見渡した。特に、水に沈んだ少女を。
「これって流石に大丈夫かい?」
それは少女の安全を憂慮してかと、周囲の神官は期待したのだが。
「嘘だとばれたら、私も怒られてしまうよ」
「大丈夫ですわ、そもそも小川の妖精は、出て来ても何もしないのですわ。みんなどうして会いたがるのか解りませんが、大した権能を示した事は無いんですよ」
「結局本物を呼び出せても、川の問題は解決出来ないのは説明されたから解っているよ、でも……」
「川は黒くても、本当は問題ないのでしょう。王族貴族は遠くから澄んだ水を取り寄せられます。民にしたって飲んでお腹を壊したりは無いそうじゃ無いですか! つまり、大事なのは気持ちの問題ですよね。そこで盛大な儀式、美しい水の妖精! これを見れば皆は安心するわ」
「確かに、そうだね」
それと妖精を呼び出しても駄目だったと解れば、父王は納得してくれるだろう。
確かにそう考えて、王太子はこの計画に賛同したのだ。
もしかしたら、アナベナは、本当は聖女の力が無いのかもしれない。王太子も薄らとそうじゃないかと頭の片隅には考えてはいたが、だからと言って無愛想で暗く不健康、何時も同じドレスを着て薄汚くしている姉のマリーは考えられなかった。
愛し合い子供を作らなくてはならないのだ、可愛らしく華やかなアナベナが良いに決まっていると。
「君は凄いな、無理難題に第三の道を作り出すんだもの」
「うふふ、これもブレダン様の手助けがあってこそですよ」
それでいて、自身を立ててくれる、きっと良き妻、王太子妃にアナベナはなるだろう。
「あの、申し訳ありません。そろそろ奴隷を引き上げて宜しいでしょうか?」
「忘れていたわ。ああ大変、早く上げてあげて!」
急に少女の身を心配するような、嘘くさい仕草に、興行主は悍ましいモノを見るように一瞬する。しかし、薄っぺらい笑みでそれを隠すと、影に控えている部下に合図を送った。
少女が死んでしまうと、また奴隷を探さなくてはならない。条件に合う、見目が良い完全服従の奴隷を探すのは、骨が折れるのだ。
今日明日だと、間に合わなくなる。
ザバと引き上げられた、少女は今度は水を吐き出したりはしなかった。
あまり静かなので、男は不安になったほどだが、少女はちゃんと目を開いて此方を見た。
いや、此方は見ていない、何処か中空を奴隷の少女は見ていた。
「大丈夫か」
「……はい」
「あら、この首飾り、お芝居の小道具にしては素敵ね」
男は不思議に思ったが、聖女に声を掛けられて、それは二の次になる。
「これは、お目が高い」
「気に入ったのかい?」
「ええ」
「なら、儀式が終わったら君の物にすると良い、いいだろう?」
それは、緑の貴石の、それは大精霊神の聖印。
こんなもの付けていただろうかとも思ったが、未来の王太子妃が気に入ったというのだから、頷くしか無い。
「はい、勿論でございます」
「ブレダン様、嬉しいわ」




