二十三話 警備と呼び名
神官長様の最後のお言葉に、何故か嫌な予感がしていたのです。
「よう」
「……」
「え、知り合いなの?」
紹介された冒険者の一人、青い髪、長身の青年が、私に向かって手を上げて軽く挨拶されました。
その背には翼は無く、代わりに盾と槍が背負われています。
「し、知らない方です」
「おい、そんな冷たい事を言うなよ」
「マリーは知らないって言っているわよ」
フェリスさんが腰に手を当て、間に入って下さっている。
あ、あ、駄目です。私の所為で、信仰対象にその様な態度をとられてはっ!
「いえ、そのええっと」
どう説明すれば宜しいのでしょうか?
ザハエル様ですよね、どう見ましても、冒険者のような格好をした。
人の姿をした……。
「修道女さま、ちょっと待ってくれ」
「何ですか」
「この人こう見えて、Sランク冒険者の凄い人なんですよ」
「だから何ですか」
「いやーだから」
「口説くぐらい?」
「な!」
「はぁ?」
周囲の冒険者の方が、ふんぞり返るザハエル様を擁護されていらっしゃいます。皆様お知り合いなのですか?
それにSランクと言いますと、冒険者の最高峰だと聞いた事がございます。
一体全体、どういう事なのでしょうか?
「あの、少しお話宜しいでしょうか? 二人で」
「おう、いいぜ」
「えええっ! マリー?」
「ひゅーー」
「きゃーー」
何だか、修道女の先輩方と冒険者様たちに大騒ぎされてしまいました。
神官長様や神官様方は、顔に笑顔を貼り付けて、此方を見守って下さっています。
問題を起こしたくないのですが、しかし、ザハエル様に伺わなくてはならない事がございます。
「……それで、どういう事なのでしょうか、ザハエル様」
十分に皆さんから距離を取って、小声でザハエル様に尋ねました。
辺りを注意しながら続けます。
「翼は……」
「ああ、しまってあるぞ」
皆様から見えない側、盾の陰から、ひょこっと青い羽根の先を出して見せて下さいます。着ている服や防具に全く干渉せず、出現しているのが不思議ですわね。
でも、良かった。そんな事は無いとは思っていましたが、失われた訳では無いのですね。
「今は人に化けてる、普通の冒険者にな」
言うと、翼の先は、直ぐにするりと身体の中に仕舞われてしまいました。
「Sランクのですよね」
それは十分普通では無いと思うのですけど。
それでも人として、人々と交流を持つための仮の姿と言う事なのでしょうか。しかし、突然どうして?
「まあな。少し、ちょろちょろと動き回っている奴がいるみたいでな、こっそり見張っても良いんだが、たまたま警護の冒険者を募集していたから依頼を受けてみた」
軽く仰る、しかし……。
「ちょろちょろ、ですか?」
「こそ泥みたいなもんだな」
なんて事でしょう。
この修道院を狙う盗賊でも居るという事でしょうか!?
「ああ、ちょっと吃驚だろう。この俺様の縄張りの近くで天空女神様を信仰する場所を襲おうって言うんだからな」
「……っ」
口角を吊り上げ笑って、何時ものように巫山戯ている様で、その実凄くお怒りなのですね。
背筋に悪寒が走り、竦み上がりそうな気配がその一瞬だけ致しました。
「ま、お前は普段通りに生活しとけ、問題なく護ってやろう」
「はぁ……ありがとうございます」
きっと修道院の心配は必要ないのでしょう。
恐ろしいことですが、それだけは確信的に明らかですわ。
「それでは、ええっと……このままザハエル様をザハエル様とお呼びしていて、宜しいのでしょうか?」
私は存じ上げませんでしたけれど、神職の方が多い中、天使様のお名前をそのまま呼んでしまいますと、不都合が生じるのでは無いかと思います。
ザハエル様が積極的に正体を隠す気が無いのでしたら、構わないのかも知れませんが。
「あーそうだなぁ、一応変えておくか。うーん、あ、そうだお前何か考えろ」
「わ、私がですか?」
そんな、畏れ多い事困ってしまいます。
「今付いているものは、身バレの危険があるからな、全く新しく考えて、付ける必要があるだろ?」
「それは、そうかも知れませんが、ご自分で付ける訳には行かないのですか?」
苦虫を噛み潰したような表情とはこの事でしょうか、そんな顔されませんでも……。
それにしましても、慕われているように見えますのに、冒険者の方々に自己紹介もされていないのですね。
どうしましょう、どうしましょうか。
「解りましたわ、考えさせて戴きます。……そうですね、アマトっと言うのは如何でしょうか」
「アマトっか、アマト、まぁいいんじゃね。なら暫くは冒険者のアマトって事でよろしくな」
女性の神霊に近い名前があるらしいのですが、海と水を感じると言われて気に入って戴きました。
良く解りませんが、どうやら必要以前に呼び名が増える事は、神霊様的には嬉しい事らしいです。
ご期待に応えられまして、心底ほっと致しました。
「よし、ここに来る前に、何度か見掛けた事があるって感じで行こうぜ」
「はい、それで参りましょう」
大変気持ちが疲れて仕舞いましたが、何とかこの後も、誤魔化さなくてはいけないのですよね。
皆さんの輪に戻り、昼食となりましたが、休憩時間中質問攻めにされてしまいました。




