二十一話 淀み
ラルテル王国、小国でありながら、西岸の宝玉と言われ水の恵みの肥沃な地。
その国土の中には幾つも川が流れ込み、人々の生活を支えていた。
しかし、その流れに何時からか淀みが現れ、澄んで清らかだった水が黒く染まり始める。営みの基盤であり、信仰の対象でもある川の異変に、王命での調査も為されていたが原因は一向に解らず。
また、改善もままならない状態が続いていた。
「ビタ川の支流でも濁りが確認されたか」
朝議の場で更なる悪化を聞き、国王が渋い顔をした。
先に異変が報告されていた川と、直接には繋がっていない場所でも同じように川の水が黒くなり始めている。それは、他の川にも異変が広がる事が懸念された。
「はい。しかし、黒い水による健康被害などはまだ、確認されておりません」
「だが、時間が経ってから病などが出る場合も考えられますぞ」
「沸騰させてから使用するように、指導はしておりますが、出来ても飲用のみです」
農地にも異変が確認された水が流れ込んでいる他、多種多様な製品の作成にも水は使用している。
そもそも、煮沸するだけで安全が保証される訳では無く。その上、庶民には火を熾す為の費用も馬鹿にはならない。
「誰か解決策は無いのか?」
王太子が集まった貴族達に問うも、誰もそれに答えられる者は居なかった。
ただ、ざわめき困惑する中から、この様な願いの声は上がる。
「殿下、聖女様にお力をお借りする事は出来ませんか?」
「そうです。河川の妖精、キャディキャディ様は何と仰っているか、お聞き戴きたいです」
「そ、それは……」
「そうだな、妖精を呼び出す儀式をしていたと聞いたが、その後はどうだ?」
父王にまで問われ、王太子ブレダンは戸惑った。
失敗した1回目以降も、実は内々で何度か婚約者でもある聖女アナベナに妖精召喚を試させているが、未だに成功した事は無い。
「妖精は上位の存在ですので、此方の都合で喚べるものではなくて、その時はお目にかかる事が出来ませんでした」
「それならば、機会を見ながら何度でも試してみればよいだろう」
「そうですね、父上の仰る通りです」
「ならば頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい」
既に何度も試みているとは言えず、王太子は内心焦りながら了承する。国の大事とあっては、どうあっても、召喚して貰わなくてはならないのだ。
「嫌よ!!」
王太子は、早速婚約者に頼んでみたものの、素気なく断られてしまった。頬を膨らませる顔は、可愛らしいとは思うが、そう暢気にもしていられない。
そのため、彼女の機嫌をとる方法をブレダンは考えてあった。
「王命なんだ、頼むよアナベナ」
「でも、もう何度もやったじゃない」
「解っているよ。けれど、出来れば出てくるまでやって欲しいんだ。ほら、君が食べたがっていた、お店のお菓子だ機嫌を直しておくれ。君のために用意させたんだよ」
「お菓子なんか……」
ブレダンが目配せし、メイド達にお茶菓子を持ってこさせる。
「まぁ」
すると、解りやすくアナベナの瞳が輝いて、表情が軟化した。
砂糖やミルク、高価な香辛料や果実をたっぷり使い、見目にも楽しくずらりと並ぶ品の数々。しかも特注で作らせたので、まだどこの貴族のお茶会でも供された事の無いものだ。
「色取り取りで、宝石みたい。これは、こっちも、あ~ん、どれも食べても美味しい~」
「喜んでくれたかい? このお茶も、北方から特別に取り寄せた物なんだ」
「とっても良い香りねって、こんな事では誤魔化されないわよ」
そう言いながらも、アナベナは口角を上げてお茶を飲みカップケーキを口に運ぶ、すっかり機嫌を直したようだった。そんなたわいない婚約者の様子に、ブレダン王太子も相好を崩す。
前の婚約者の、辛気くさい無愛想な反応とは、大違いだと考えて。
「出来ない訳じゃ無いんだろう? 君の方が聖女だったのだから」
「もちろんよ。私が真の聖女なのよ。でもちょっと、その、何度も呼び出すのは……妖精さんに悪いかなって、あの子にも色々する事があるでしょう」
「あーアナベナ君は優しいんだね、でも頼むよ。国の危機なんだ、こう言う時にこそ聖女として力を振るって民を安心させて欲しい」
「ううーん」
アナベナとしては、兎に角面倒に感じていた。何時間も川面に立って、妖精に呼びかけるのも、そのあげくに何も現れずに神官や家の者にがっかりした顔をされるのも、もううんざりだった。
以前は簡単に現れていたのに、必要に思って呼べば出てこない。
妖精は意地が悪い、そう思えば今は妖精の事を嫌いにさえなってきている。
以前より、アナベナの我が儘が通るようにはなったけれど、聖女というのも思ったより楽しくない。
「お姉様はもっと楽しそうにやっていたのに……」
「?」
「そうだわ、だったら私良い案があるわ!」




