二話 投獄と刑罰
卒業式の会場からそのまま私は牢へと投獄されました。
そう、貴族用の拘留室ではなく、普通に犯罪者が入る地下の牢獄です。
暗く湿って無骨で一片の優しさも無い、鉄格子で囲まれた部屋、申し訳程度に置かれた不潔な寝具とむき出しの便器。
そんな狭い空間に、義妹が着古したお古で構成されているとは言え、パーティー用のドレスを着た私は何とも滑稽でした。
金属で出来たパニエが邪魔ですんなり座る事も出来ません。
「どうしようもありませんわね」
仕方なく残っていた方の靴も脱ぎ捨て、寝台の上にぺたりと座り込む事にしました。ドレスが皺になってしまいますが、もうどうでもいいでしょう。
「……っ……ふっう……くっ」
座り込むと、自然に涙が溢れて来てしまいました。
もう涸れてしまったと思っていたのですが、目元を抑えても、あとからあとから溢れて止まりません。
私はこれまで、いろいろな事を諦めて来ましたけれど、ずっと王太子の婚約者として勉学には励んできてその節目の式典。人生でたった一度の、学生最後の卒業式でした。
誰に祝われなかったとしても、自分自身におめでとうと言おうと、よく頑張ったと、精一杯楽しもうと思っていたのですがそんな細やかな望みさえ叶えられなかったのです。
「はぁ……」
悲しく、ただ心許なく。自身を抱きしめると、腕が痛みます。
グローブを外すと先ほど捕まれた場所が、くっきりと赤く痣になっていました。
「豊穣をもたらす河川の妖精キャディキャディよ、私の祈りをお聞き届け下さい。私はあなた様に加護をいただく娘、魔力を捧げ御力を請い願います。私に宿りし水の力よ私の意志に従い傷を癒せ、大河の癒し」
何時ものように妖精様にお願いすると、腕の痣は痕も残らず綺麗に消えてしまいました。こんな立場になってしまいましたが、妖精様には感謝しております。
もし加護がなく、回復神術が使えなければ、私はとっくに二目と見られない傷だらけの身体に、されていたでしょう。
そう、躾と称して鞭で打たれない日はなかったのですから。
「ふふふ……そうですわね、私がこのまま何事もなくなどと、甘い考えでした」
卒業式が終われば政略結婚が待っていると思っておりましたが、考えてみれば今までの扱いから、私がこのまま王太子妃になる事は、周囲にとって脅威以外の何者でもありません。
しかしそれならば、結局王太子妃にしないのならば、今までの厳しい王妃教育に耐えてきたのはいったい何だったのでしょう。
全てが無駄だった。むしろ私を苦しめるためだけに、その名目のためだけに、施されていたのかもしれないとさえ、思えてきます。
そのまま、どれくらい時間が経ったでしょうか。
数人の官職の方たちがやって来ますと、私の罪と決定した刑罰について、宣言致しました。
「貴女の罪状は聖女を騙った詐欺罪、そして真の聖女に対する長年の虐待、王太子の婚約者でありながら複数の男性と不適切な関係を持った等枚挙に暇がない。本来なら極刑を言い渡されてもおかしくないところだが、真の聖女様の助命嘆願により貴族籍からの除名と、北の修道院で終生努める様にと決定された」
逆ですね、極刑にするならば裁判などする必要がありますが、貴族籍から抜く事も私を修道院に行かせる事も、お父様と国王陛下の許可があれば出来ます。
普通は、それらも一存で行えば他の貴族から不満が出るような事でしょうが、私の処分に異議を唱える人はこの世には存在しません。
「解りましたわ」
「ふんっ北の天空女神教の修道院は、厳しい修行の場だ、精々自身の罪を反省するんだな」
そう告げると、彼らは帰って行きました。
いったい何を反省すればいいのでしょうか、解りませんが、彼らからすれば私の存在自体が罪なのでしょうね。
それにしても北の修道院ですか、不安しかありませんが、もしかしたらここよりはましな場所かも知れません。
神殿は、神術によって人々を癒す場所です。加護を戴いているのですから、私でも多少の役に立つかもしれません。
その後は特に誰かが来る事もなく、私は寝台の上で膝を抱えて眠ってしまいました。
そして、翌日には檻付きの馬車に私は押し込められ、北の地へと旅立つ事になったのです。