十四話 祝福されし者
「そんな風に出来ているものだ。例えば俺様が神霊に生れつき、お前が人として生まれた様に」
私が姉で、妹が妹である様に……。
「……」
「ああ、別に断ってもいいんだぜ、俺様はそれで呪ったりするほど狭量じゃない。でも良いのか? ここで力を貰っておけば……なぁんて事もこの先有るかも知れないぜ」
「……それは、預言でしょうか」
「いや、どうかな俺は運命を司っていないから解らんが、意味の無い事は無いとも思うぞ」
神霊の力、神霊の加護、それは望んで得られる物ではありません。脆弱な人々の助け、絶望の中の光。
私がここで断れば、救いの可能性の一つを失う事になる。
酷い……。
でしたら……断る事など、出来ないではありませんか。
「そうですか。……畏まりました、謹んでお受け致しますわ」
「おや、心変わりか?」
「私が受け取り、ここの皆様の為に使用する。そうする事で、理不尽を解消する事に致します」
「そうか、持てる者は大変だな」
青い天使は楽しそうに笑うと、アクアマリンの瞳を眇め、私を見定めておりました。
◇◇◇◇◇◇
一方王都では、コールドウィン伯爵邸の裏庭に、大勢の人間が集まっていた。
ラルテル王国の王太子、ブレダン=ジャン・ラルテールや、その新しい婚約者のアナベナ・コールドウィンを筆頭に騎士団長子息や魔術師団長子息などの貴族の子息子女たち、それから見張りを兼ねて国王の騎士や側近、王族の息の掛かった神官など……。
それはなかなかの顔ぶれであった。
「こんな端っこにある小川に、なんで妖精が来るのかしら?」
「アナベナ、君がここだと言ったんだろう?」
「そうだけど、鬱陶しい虫も汚い葉もいっぱい、お姉様にはお似合いだったけど」
「そうだね。妖精様と話し合いが出来たら、ここをきちんと整備しよう。川を広くして護岸を固めて埋めてさ、新しく神殿も建てようじゃないか」
「素敵、金銀宝石で飾られた私の像も造って欲しいわ」
「勿論だ、真の聖女の神殿だからな」
とんでもない金銭が掛かるだろうが、そんな事は全く考慮しない。二人の計画は、どんどんと膨らんでいく。
仲睦まじいブレダン王太子とその婚約者の様子に、周囲も微笑ましく眺めていた。
苦言を呈するなど以ての外、むしろ賛同しそこに関わり、どうにか利益を得られたらと、考えている者が大多数だ。
「さて、聖女様そろそろ妖精召喚の儀を、執り行っていただいて宜しいでしょうか?」
「ふふ、いいわ」
しかし、何時までもそうして夢想して居られても堪らない、神官が川辺に設置した祭壇へと、王太子の新たな婚約者を誘った。
姉のマリーが居た時は、こんな大仰な事はしなかったのだが、アナベナが何か見栄え良くしてくれと強請ったものだ。
「頑張ってアナベナ」
「ええ、お任せ下さいませ」
しなだれかかっていた、王太子の腕から離れ、アナベナは祭壇の前にと進み出る。
邪魔で、どうしようもない姉が、何度もここで半透明の妖精と話しているのを見ていた。何と言っても、その事を周囲の大人に告げ口したのはアナベナ自身だ。
姉を介して、妖精と話をした事も有る。
母にも父にも、周囲にも愛されていない。馬鹿で無能で狡くて醜いあんな女より、私の方が聖女に相応しい。姉が聖女であるなら自分もそうであるし、自分こそが聖女であると、彼女は信じて疑いようもない。
だから同じように自分がここで呼び出せば、妖精は出てくるものだと思っていた。むしろ姉よりも、自分が呼べば妖精も喜んで出てくるはずだと。
だから、今日は大々的に人を集めて行った。姉はそう言う事を最後まで嫌がっていたが、本当は聖女じゃ無い自覚があったからだと、思えばとひとり納得していた。
「川の妖精さん私よ! 真なる聖女が来たわ! 姿を見せて!!」
アナベナは川に向かって呼びかける。が、小さな清いせせらぎが絶え間なく響くだけで、なんの返答もない。
「どうしたの? アナベナが来たわ、出てきなさい!!」
何度か繰り返し現れるように話しかけたが、何度繰り返しても、終ぞ何者も出てくる事は無かった。
「何よ、もうっ! どうして出てこないの?」
「祈りの言葉はそれで合っているのでしょうか?」
神官が訝しげに尋ねるが、アナベナは不機嫌を隠そうともせず頬を膨らませて、反論する。
「んぁあーー知らない、知らない、祈りの言葉なんて知らないわ。おね……今までそんな事してなかったもの!」
「落ち着いてアナベナ、今日は妖精様の都合が悪かったのかもしれない」
「そうです、そうですとも」
「日が悪かったのだろう」
王太子が慰めるように言うと、他の貴族子息子女たちもそれに追従した。
呼びかけて、何時でも会える存在では無いのだろうと。
しかし、自信満々で人を集めてしまったアナベナは収まりが付かない。思い通りに行かなかった事が、怒となって彼女を充たしていた。
「私の呼びかけに答えないなんて、私に恥をかかせて許せない」
我が儘放題育てられたアナベナは、何でも思った通りに行かないと、我慢が出来ない。
それでも世の全てが、思い通りになる事ばかりでは無い。そんな時は、腹違いの姉に当たり散らす事で彼女は気分を晴らしていた。
しかし、その相手はもう近くには居ないのだ。
最近、発散場所を無くした暴力的な衝動が、蓄積していたのだろう。
「お姉様の所為よ!!」
アナベナは何時もの癖でそう叫ぶと、目の前に有った抵抗してこない存在である、祭壇を蹴り飛ばした。




