十二話 最奥の沐浴場
「世界に宿りし水の力よ我が意思に従い押し流せ、流水」
石像や装飾を壊さないように、それでいて表面についた埃を洗い流すように、この様な制御だけは自信があります。
両掌の先、魔術陣から飛び出した水流で、壁の上の方まで狙って掃除して行きますわ。
側で皆さんが感心して褒めて下さいます。
「凄いわね、助かるわ」
「流石に毎日上の方までは、掃除出来ないからね」
「神霊様もお喜びになるよ」
「そうでしょうか、お役に立てたのでしたら幸いですわ」
元々それ程汚れていなかったので、さっと湯船や洗い場は擦って流して掃除は終了いたしました。
後は、お湯が湯船に溜まるのを待つだけです。
「勿論さ。楽させて貰っちゃって、魔力消費は大丈夫かい?」
「大丈夫です。まだまだ働けますわ」
「なら私たちは、向こうを手伝いに行ってくるから、お湯が溜まるのを見ておいて、溜まったらここを操作すると魔導具が止まるからね」
「その間、こっちの神霊様への貢ぎ物を……よいしょっと、こっちの祭壇に良い感じに並べて置いて貰える?」
「はい、お任せ下さい」
「何か困ったら声かけておくれ」
「じゃよろしくね」
彼女たちはそう言うと、出て行かれました。
あちらの掃除の方が、きっと大変なのに気を遣っていただいたのでしょう。
やっぱりここの皆様は、優しい方ばかりです。
「良い感じでですね! 一応貴族として色々な飾り付けを見ていますから、腕の見せ所ですわね」
燭台、香炉、聖印、このあたりは置き方が決まっておりますので、外なさいようにいたしましょう。果物やお菓子、贈り物には可愛らしい人形や、アクセサリーなども有りますので神霊様に一番良い面が見えるようにしつつ。
それぞれに手紙や、送り主が記載されているので解りやすくなるように……。
中々に楽しいですわね、この作業は。
時々後ろを振り返って、湯船のお湯を確かめながら作業をいたします。
広い神聖な空間に、水の音だけが響いていました。
「そろそろ、お湯がいっぱいですわね」
湯船の近くにある突起を回して、お湯が流れ込むのを止めます。これは地下にある大規模な魔導具の一部で、大量の水を一気に温めて、浴場に供給しているそうです。
参拝者のためにこんな物を作れる、神殿の力がこれだけでも解りますわね。
操作を終えますと、大量のお湯が流れ込む音が急に消え、静寂と雫の滴りのみが残されました。立ち込める湯気が、窓から差し込む日の光がとても神秘的です。
「さて、女神様に見惚れては居られませんね、続きをいたしましょう」
意気込んで、背を向けた瞬間でした。
背後の浴槽から、小さな水音がいたしました。今この場には、私しか居ないはずなのにです、私は恐怖に竦む前に一気に振り向きます。
「……何も、ありませんね」
天井にある窓は、円筒状に屋根から突出していて、柱に支えられた部分が窓として開いています。
空調のためもあるのでしょう、がしかし直接外と繋がっていますから、もしかしたら屋根から何か落ちてきたのかもしれません。
小枝や枯れ葉が、飛んできたのかしら?
でしたら、拾って綺麗にして置かなければなりません。
「何か落ちてきたのかしら?」
湯船の縁に座り、覗き込みますが、何も見当たりません。お湯もとても綺麗で、波紋がまるで魔術陣のように広がっては交わり消えて行きます。
「あれ?」
でも、何かしら湯船の中央に揺らぎのような……?
不思議に思って手を伸ばします、限界までそうした瞬間でした、水面が笑ったように見えました。
ゾクリと全身に怖気が走ります。
「ひっぁ!?」
驚いた拍子に、湯船の縁にかけていた方の手が滑りました。
落ちると思った時に腕を掴まれます。
それは、水面から生えた男性の手で、しかしその異常性よりも、私は卒業パーティーで押さえ付けられたのを思い出してしまい反射的に振りほどこうとしていました。
「きゃあぁーガボゴボ……」
「チッ支えてやろうと思ったのに、結局落ちやがった」
結果足まで踏み外し、頭から湯船に落ち込みます。
そうして、私が見たのは、青い、青い翼でした。