第3回公判
2月25日、東京は朝から雨が降り、ここ数日の好天で春めいた陽気だった日々から一転して肌寒い日となった。
東京地裁小法廷401号は第3回目となる東テレビ傷害致死事件の公判が行われる。傍聴希望に訪れた人たちの抽選が行われ、満席の傍聴席の最前列、何時ものように私と草薙所長が並ぶ、今回は被告側証人として、3人目の挑戦者ジョー ライオンこと本名ジョー イブラヒム氏が出廷することになっていた。
開廷後、証言台へと足を進めたイブラヒム氏に対して、裁判官長からの説明がなされる。そうして、にこやかな笑顔を浮かべて被告側弁護人本橋先生が立ち上がった。
「さて、今日はありがとうございます。イブラヒムさん。まずはなぜ、今日、証言をしてくださるのか伺っても宜しいですか」
本橋先生の問いに神妙な表情のまま前を見ていたイブラヒム氏はゆっくりと、本当にゆっくりと本橋先生へと視線を向けながら話し出した。
「俺は亡くなった菅原さんとは企画の時以外は会ったことが無いです。それでも、俺も参加した企画で彼が亡くなったことはとても悲しいことで、俺にも責任があります」
はっきりとした口調で話す様子に語っている内容と合わせて誠実さを感じさせる。
「責任ですか、なぜ、貴方が責任を感じるのでしょう、貴方は被害者とは無関係ですよね」
「俺は大きい、浅科くんとやるにあたり、お互い怪我の無いように話し合いました。にも関わらず、浅科くんより小さい素人の二人が怪我をして、一人は亡くなりました。これはおかしい」
傍聴席がどよめく、当たり前ではある。被告側証人として出廷したはずが明らかに被告不利な話が出始めていることに加えて、噂レベルでしかなかった、実際の格闘企画における台本の実在を証言したのだ。
「成る程、貴方は自分が浅科さんとしたような台本があれば、このような事故は起きなかったと」
本橋先生の返しに、イブラヒム氏は割って入るように食い気味に声を荒げる。
「違うっ、俺は聞いたんだ。亡くなった菅原さんが浅科くんに投げてくれって言ってるのを」
またしてもどよめく傍聴席。
「所長、本橋先生の狙いは何でしょう」
「さっぱりだね」
私も所長も首を捻る中でも質疑は続く。
「投げてくれ。それはどういう意味でしょう。そして、それは何時の話ですか」
「あれは企画の打ち合わせに関係者やスタッフが集められた、三度目くらいの集まりの後だった。セットの説明や対戦の順番、番組の流れなんかを説明されて、俺は企画側と浅科くんから、だいたいのやり取りについても説明された」
「それで、その場で先程の発言があったんですか」
「違うっ、俺は帰ろうとしていて、AZUMA TVのビルの廊下を歩いてたんだ。その時に菅原さんと浅科くんの話し声が聞こえて、見ると二人が話していた」
「そこで先程の投げてくれと」
「そうだ。菅原さんは打撃を貰えば、何も出来ないうちに瞬殺されてしまう、だから何度か組み付くので、投げてくれないかと、それでもしがみついていれば、見せ場がつくれると」
「それを聞いてどう思いました」
「素人だなと、投げるのも危ない、投げられる方も受け身をしなければ危ない」
「では、彼は危険を認識出来てなかったと言うことでしょうか」
そう聞いた本橋先生に対して、下を向いたイブラヒム氏は顔を上げて証言を再開する。
「いや、そこで私も参加して、浅科くんと二人で投げるというのであれば、準備万端でやらなければと、ただ殴る蹴るよりも、上手くやれば確かに安全かもしれないと」
「では、そのあと、準備をしたのですか」
「ええ、AZUMAのスタッフと投げる位置を打ち合わせ、クッションの位置などを調整して、準備したんです」
傍聴席が大きくどよめき、カンカンと判事席から槌が鳴る。静粛に、と松前裁判官長の声が響き、ややあって傍聴席が静けさを取り戻す。
本橋先生が質疑を続けようとするより早く、九条検事が手を上げる。
「異議あり、公判前整理の段階で現場の検証結果に関する話は済んでいるはずです。被告側もすでに裁判員にも配られた資料に書かれている内容は認めていたはずです」
「九条検事はなぜ、このタイミングで」
私が所長に小声で問いかける。
「いやー、なんとも言えないね。ただ、これは確かに転換点になるかもしれない」
私と所長が見守る中、異議が却下される。
「公判前整理手続きは公判を短縮化させるため、事前に確定した事実を整理し、争点を炙り出すものですから、新たな事実があって前提が崩れるのであれば、改めて争点とするのも仕方ありません。異議を却下します」
却下を受けて本橋先生は改めて質問を再開する。
「ということは被害者と浅科被告との闘いは貴方同様、台本通りだったと」
「いや、後で確認したが思っていたよりも菅原さんが粘っていた。本番で台本が頭から飛んだのか、それとも、久しぶりの出番に少しでも長く写ろうとしたのか、それはわからないけれど、一度投げられたあとは足を掴もうとして失敗しマウントを取られて、降参する流れだった。それが足元に組み付いて、浅科くんも台本から外れて、苛ついたんじゃないか。結果、用意した場所と違う所に投げ、蹴りを入れての流れになってしまった」
「それは、台本を本番で覆した被害者にも責任があると言うことでしょうか」
「違うっ、俺がもっと、しっかりと指導すべきだった、責められるべきは俺や浅科くん、スタッフだ」
「そうですか、ありがとうございました」
所長が難しい顔をして本橋先生とイブラヒム氏を見つめる。イブラヒム氏とすれば、本心から自分の責任を痛感して、されど内部告発のようであり、かつ自身の責任を追及する発言をおいそれと出来かねていた中での証言だったのだと思うが、本橋先生の誘導で上手く被害者自身の瑕疵を改めて浮き彫りにされた形だ。
「どうみますか」
「恐らくだが、被告側は初めはこの証言をとめていたんだろうね。これが出れば3試合のうち、2つに台本があったと認めることになり、必然、最初の闘いすら疑いの目が出る。格闘家としても、現役格闘家を呼んで企画配信した運営側としても表に出したくない話だろう」
「それを出したのは公判が苦しいと見てでしょうか」
「多分だけどね。本橋先生は初めから、出すつもりだったんだと思う。タイミングよく情報を出すことで相手に与える印象を操作するのはお得意だからね」
このあと、検察側による証人尋問も行われたものの、さして新しい事実も出ないまま、次回、公判、いよいよ口頭弁論へと裁判は進むことになる。
「次回公判は3月4日となります」
そんな松前判事の宣言を聞きながら私たちは法廷を後にしました。




