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原告 菅原美智子

幕間的な話しです。



 第2回公判が終わり、次回公判は2月25日となる。


 これまで沈黙を貫いていた3人目のチャレンジャー、ナイジェリア出身の立ち技格闘家で国内キックボクシング団体SUNの現ウェルター級チャンピオンでもあるジョー ライオンが証人として出廷する予定である。


 公判を明後日に控えた23日、私は原告である菅原美智子さんの元へと訪れていた。

 江戸川区西葛西の落ち着いた雰囲気のマンションの一室に被害者の母親であり、原告である菅原美智子さんは住んでいる。


 「植木先生、全てお任せしてしまって、本当に申し訳ありません」

 頭を下げた女性はかなり疲れている様子だった、地味なコーディネートではあるがセンスが良い装いの40代半ばの彼女は、そうと言われなければ10は若く見える程度には美貌を保っている。芸能人の母親と言われて、思わず納得してしまう位には一般人離れしていると思ったものだ。

 ただ、一連の疲労ゆえに老け込んだように感じる、歳相応の皺などがやや目立つようになったのは、家に籠りきりなせいもあるのだろう。

 「いえいえ、仕事ですから、それに先生はやめて下さい。まだ見習いの半人前ですから」

 苦笑いしつつも返すと、そんな謙遜なさらずにと微笑みつつ、香りの良いハーブティーが出てくる。白磁に碧が美しいカップ&ソーサーのセットにあわせるように芳ばしい香りのスコーンも並べられた。

 「家に籠ってばかりでしょ。少しは何かしないと駄目だって、仲の良いハウスキーパーの女性に心配されてね。焼いてみたんです」

 「そうですか。折角ですから遠慮なく頂きます」

 そう言って食べて見ると、ココアパウダーと生地に練り込まれたチョコのビターな味わいに仄かな砂糖の甘味で中々に美味しい。

 「お口に合いますか」

 心配そうに訪ねる美智子さんに、そのまま美味しいですと返してから、少し間をおいて本題へと移る。


 「色々とお辛いのは当然ですから、全て私たちにお任せください。楽観視できる状況ではありませんが、それでも何の法的制裁も無いということは無いと思います。被告弁護人の本橋先生には注意しなければいけませんが、もし被告側から連絡がありましたら、私どもに連絡ください、そちらも全て対応いたします」

 「本当に何から何までありがとうございます」

 「いえいえ、何か困っていることはありませんか、要望でも良いのですが、あと、所長の草薙からの言伝となりますが、ネットで誹謗中傷している人物に対して法的措置を検討していると発表しませんか」

 「法的措置ですか」  

 「SNSなどのプロバイダへの情報開示請求やその後の個人の特定など、裁判所への申請費用や調査費用などかなり掛かりますから、実際に訴えるかは別として、知名度のある草薙弁護士の名前で、法的措置という牽制を行うだけでも、被害が少なく出来るのではないかと」

 「確かにそうですね。是非お願いします。それにあまりにもひどい中傷には、費用がかかっても実際に訴えるお手伝いをお願いしようか考えて見ます」

 息子の名誉のためにも、そう私の目を見て話された美智子さんは、様々な苦悩の中で前を進もうとされているのだと、改めてこの裁判を争う意義と自らの責任に身が引き締まる思いがした。


 「なんであの子があんな企画に参加したのかも、なんで遺書なんて書いたのかも、私はわからないんですよ」

 これまでの裁判経緯を説明していると、美智子さんは突然、そんなことを言い出した。

 「たとえご家族といえ、全て理解するなんて出来ませんよ」

 沈痛な面持ちのまま顔を伏せた美智子さんに私はなるたけ平静に返す。

 「だとしても遺書が書かれていたことすら知らなかったなんて」

 顔を上げた美智子さんの表情が読み取れない。

 ネットやテレビメディアなどでも、遺書があったことで、被告側無罪を主張するようになった人は一部だがいる。

 「遺書の内容を確認しましたが、万が一のさいに母親であるあなたへの対応などを書いたもので、間違いなく、死ぬつもりも死ぬだろうとも思っていなかったはずです。あの遺書がもし企画側の演出の一部であれば、そんな悪質なことはありません。必ず解明して見せます」

 「よろしくお願いいたします」

 そう頭を下げる彼女はとても小さくも大きくも見えたのでした。


 東京メトロ東西線に西葛西駅から乗り込み、途中、銀座線に乗り換えて上野駅まで、上野からはJRで赤羽まで戻る。

 赤羽駅からは事務所は然程は遠くないが、同じ電車の移動にしばし時間をとられる。草薙所長に依頼人の様子や、言伝てられた案件に承諾を貰ったことをメールして、一息つく。

 乗り込んで来た学生の集団がなんとはなしに東テレビ傷害致死事件について話している。

 多くの人の耳目を集める裁判に関わっているのだと、改めてプレッシャーのようなものを感じる。


 「草薙所長はやっぱりすごいな」

 そんなことを一人ごちる自分に苦笑いしながら、降り立った赤羽駅には夕日が射し込んでいた。


 

次回は第3回公判となります。

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