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第2回公判 後編




 本橋被告弁護人が立ち上がる。

 判事から促されて、被告側の証人尋問が始まる。


 「今日はご苦労様です。怪我の具合はどうですか、完治はしたようですが、予後は問題ないですか」

 そう聞かれて、証人の加藤はやや戸惑いながら、問題ねーよと返す。

 本橋被告弁護人が柔らかい笑みを浮かべて、それは良かったと告げて、間をおいた。


 「これだけ見たら、完全に九条検事がヒールだね」

 草薙所長が私に小声で語りかける。


 「さて、貴方はこの企画には命の心配をする必要性はないと思っていたようですが、それは貴方が格闘経験者だったからではありませんか」

 予想外の質問だったのか、加藤が訝しげに押し黙る。

 「聞き方を変えましょう。格闘興行の裏側など、ある程度は熟知されていたからこそ、危険度を軽く見れただけで、例えば被害者のような素人なら、危険度を重く受け止めることもあり得たと思いませんか」


 「異議あり、被告弁護人は被告側に有利な証言を得るために証人の発言を誘導しています」

 九条検事の異議にたいして松前判事は一つ頷くと異議を認めた。

 「被告弁護人、断定的な質問で証言を誘導していると取れます。質問を変えて下さい」

 本橋被告弁護人は少しもの言いたげなそぶりを見せたあと、小さくわかりましたと答えて、質問を再開した。

 「質問を変えましょう。格闘技においては違法性、つまりは暴行などの犯罪行為が阻却、つまり責任を問わない事が出来るとされます。なぜだと思われますか」

 これも予想外の質問だったのだろう、または一般の方には縁遠い内容ゆえに戸惑ったのか、加藤はあちこちと視線をさ迷わせたあと、躊躇いがちに話し出した。

 「そりゃ…スポーツしてんのに傷害だ暴行だ言われたら試合が成り立たねーだろ」

 「そうですね。今回の場合はどう思われますか」

 「俺も契約してサインした以上は文句つけんのはおかしいだろ」


 草薙所長が訝しげな顔をする。

 「どうしました、所長」

 「いえね、さっきから、本橋先生の質問、被告に不利になってないかい、異議を申し立てて止めた質問の先がもしかすると何かあったのかもしれないけど」

 「あー、確かに、被害者が素人だから危険性を重く考えてたって、質問してますからね、ここで区切られてしまうと被告に不利です。九条検事、ファインプレーでしたね」

 「んー、それにしても、なぜ本橋先生がひたすら、プロと素人の違いに拘るかですね」


 草薙所長が訝しんでいる間も質問は続いている。

 「そうですね、格闘経験者かつ、格闘の試合にアマチュアとは言え参加している貴方なら契約している以上は怪我などで責任追及することは違うと思うでしょう。ですが、素人だった被害者も同じく契約をして参戦していたわけです」

 「確かにそうだよ。契約の内容やサインさせられた書面は一緒だ」

 本橋被告弁護人は証言台を少し離れて、裁判員や傍聴席を交互に見ながら話し出した。

 「スポーツにおいて、違法性は阻却されます。それはルールを把握して参加している以上は、それに伴う危険性を理解していると考え、同意の元に行っている以上は、故意ではない事故によって起きた損害の責任を負わせるのがアンフェアだという考えからです」

 一度、発言を止めた本橋被告弁護人は判事たちを見る。続けて構わないとのジェスチャーに本橋被告弁護人が声のトーンをやや強めて語り出す。

 「さて、これはプロの契約のある試合などだけに適用されるものでしょうか。いいえ、違います。1998年7月24日、長野県松本市において、区域内の市民によるバレーボール大会に出場するために練習していたバレーボールチームに所属する主婦の方の間でトラブルが起きました。練習用の運動着を忘れた、仮にAさんとします。Aさんは短めのスカートでそのまま練習に参加しました。そして、練習中に転倒、そのさい、一緒に練習していた女性Bさんの脛に頭部があたりました」

 「Aさんは右足首捻挫と頭部の軽い打撲をBさんは脛部打撲及び、骨に皹が入り全治2週間ほどの怪我とになりました」

 突然始まった、過去事例の紹介に傍聴席や証人の加藤が置いていかれて困惑する中、滑らかに走る本橋被告弁護人の舌はとまらない。

 「このことでAさんは訴えられました。怪我にたいして、民事賠償請求をされたんですね。松本地方裁判所小法廷、工藤裁判官は原告の訴えを棄却しました。この裁判では被告がスカートで参加することを原告が認めていたこと、練習中に起こったアクシデントがあくまでもプレー中のごく当たり前の動作から、ミスによって派生したもので、常軌を逸脱した行動や故意でのものでないこと、その上で運動着を忘れて普段着で練習に参加した被告の過失を認めたものの、それでもスポーツの練習中という条件下では違法性は阻却され、賠償責任を問うことは出来ないとしたんです」

 

 話し終えて少し間をおいた本橋被告弁護人はゆっくりと証人に向き直り、質問を口にする。

 「では、それを踏まえて今回の件は素人とは言え、契約をして、貴方と同じ立場であった被害者も賠償請求することは難しいと思いませんか」


 「異議あり、先ほど話されていた判例の案件と本案件では異なることが多すぎます。あやふやな印象を植え付けて、さもそうであるかのように思わせて証言させるなど、詐術の類いだ。許される範囲を大きく逸脱している」

 先だっての異議の時と違い余裕を感じる本橋被告弁護人は裁判官長が異議を受け入れると、即座に質問を再開する。

 「詐術の類いとは名誉棄損ですが、まあいいでしょう。過去の判例ではスポーツにおいて違法性が阻却できる内容は概ね、そのスポーツをする上で予測できる行動の範囲をでないこと、双方がルールなどを理解して、個人の意思で参加していること、結果が重大なものでないことです」

 「加藤さん、死亡事故というのは重大な結果です。しかしながら、格闘技において、最悪は死亡することも折り込んでルール作り、契約などがなされていると思います。それは双方に相手を死なせてしまう可能性があるからで間違いないですよね」

 「まあ、そりゃ、当たり処が悪かったり、変な倒れ方したりすりゃ、死ぬ時は死ぬからな」

 「そうなんです。今回のエキシビションで起きたことも不幸な事故ではありましたが、被告弁護人としては違法性は阻却出来ると思っております」


 加藤さんありがとうございましたと告げて、証人尋問を終える本橋被告弁護人。

 今日の公判はこれで終了となる。

 「所長、本橋先生の狙いってなんでしょうか」

 「裁判員にたいしてのアピールかな。苦し紛れにも思えるけど」



 その時はまだ、本橋先生の狙いを私達はわからないでいたんです。 

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