第2回公判 前編
2月19日、東京地裁第401号法廷
東TV傷害致死事件の第2回公判が予定通り開かれる。
前回同様に傍聴人席の前列に座った、我々、原告代理人である草薙所長と私は開廷を待っていた。
松前判事が開廷を宣言し、証人台へと証人が呼び出される。
「証人、加藤 健人さん、証人であるあなたが法廷で虚偽の証言をすれば偽証罪に問われることもあります。また、あなたには話したくないことを黙秘する権利があります」
松前判事から説明を受けているのは、今回の被告にチャレンジした最初のチャレンジャー加藤 健人だ。
「それでは検察側から、証人尋問をお願いいたします」
九条検事が立ち上がり、証人加藤の前へとゆったりと歩みよる。
「今日はお願いいたしますね、加藤さん」
笑顔を浮かべて挨拶をする九条検事と緊張した面持ちで半ば睨んでいるようにすら見える証人の視線が交錯する。
「では、まずは加藤さん、あなたは広島の喧嘩屋、路上にて100人を倒した喧嘩王という触れ込みで紹介されておりましたね」
質問の意図が読めないのか、想定していない質問に驚いたのか、すこしの間をおいて、小声でやや吃りながら、おう、と短く返す証人に対して、あまり気にした様子もなく、九条検事は淀みなく質問を繰り出していく。
「はっきりと申し上げれば、この触れ込み、嘘ですよね」
先ほど以上に面くらった表情をした証人が無言のまま検事を睨む。
「AZUMA TVの配信や事前のプロモーションにおいて、あなたは傷害で少年院送致されたあと、ストリートで喧嘩に明け暮れ、凡そ100人を倒した喧嘩王という紹介でした。しかし、実際には少年院に収監された過去はあるものの、喧嘩王と言うのは間違いですよね」
「そ、それが何か関係あんのかよ」
絞り出すように答えた証人に問い掛けに答えることなく九条検事は続ける。
「喧嘩王についてはノーコメントですか。そうですよね、だって、あなたはアマチュアの地下格闘家ですもんね」
「少年院を出たあと、あなたはローカルの地下格闘団体に所属して、そこで選手として活動してますよね。そんなあなたが路上で喧嘩に明け暮れているわけは無いんじゃないですか」
被告側より声があがる。
「異議あり、一連の質問は本件と関係なく、徒に証人の過去をあげつらっているものです」
松前判事がひとつ頷いて九条検事に促す。
「検事、質問の意図を説明して下さい」
本橋弁護人と視線を交わした九条検事は苦笑いして話しを再開する。
「配信で話される彼の経歴は不良少年から現在まで喧嘩はしても格闘技とは無関係の素人というイメージで固定されていますが、実際の彼はアマチュア団体とは言え、17戦8勝7敗2分けのキャリアがある経験者であり、アウトローな人物が現役格闘家に挑むというストーリーについては疑問がありましたもので配信側による誘導か、彼自身の経歴詐称かを問いたい訳です」
「わかりました。本件と無関係とは言えないと思われます。質問を続けて下さい」
九条検事はゆっくりと証人へと向き直ると、と言うわけですと手を差し出す。
「これはあなたが公募のさいに自らエントリーシートに書いた内容ですか、それとも、AZUMA TV側から持ち掛けられたんですか」
これに対して無言の証人に笑顔のまま九条検事が質問を変える。
「あなたのエントリーシート、証拠として押収しようとしたんですが、見つからなかったんですよ。公募条件にはエントリーシートの提出、PR動画の提出がありましたが、PR動画も公募の応募期間よりも後に撮られてますよね、あれ」
「加藤さん、あなたは応募したのかもしれませんが、内容をAZUMA TV側に改竄されたんじゃありませんか」
「異議あり、配信にさいしてのプロフィール設定やキャラ作りはエンターテイメントとして問題無いものです。検事は悪意を持って配信側の印象操作をしています」
松前裁判官長はやや迷ったようだが異議を認める。
「検事、質問を取り下げて下さい」
わかりましたと返した検事は全く笑顔を崩さずに質問を再開する。
「被害者は遺書を書いていたようですが、どう思いました」
今までと全くベクトルの異なる質問に証人加藤は思わずといった風に素で答える。
「いや、どうもこうも大袈裟だなとしか」
これにややオーバーにリアクションしながら検事はノリノリで返していく。
「大袈裟っ。実際に被害者は痛ましくも死亡しており、あなたも重症を追いましたよね」
「いや、怪我はするかもしれねーけど、死ぬなんて思わないだろ」
「死ぬなんて思わない?」
「あーそうだよ、思わないだろーが、現役格闘家と素人がやり合う企画で死ぬほど殴るわけねーって」
九条検事の笑みが深くなり、その表情に証人が怯えたように見える。
「そうですよねー。思わないんですよ、格闘要素があるとしてもエンタメ企画、同じ配信元の過去の同様の企画でも重大な事故は起きていない、挑戦する格闘家も個人の動画配信で素人とのスパーリングなどを配信しており、そこでも事故は起きていない。なら、多少の怪我は折り込んでも、まさか死亡事故なんて起こるような危険な企画はしないですよね。プロフィールから台本が用意されていたんですから」
「多少は打ち合わせはあったけど、試合自体にはブックはねーよ」
九条検事の煽りに返した証人がしまったいった顔をする。
「試合自体はブックはない。では、どこまで台本があったんですか、プロフィールだけでなく、なにがしか申し合わせがあったんですよね」
「知らねーよ」
「沈黙ではなく、知らないですが、何を知らないんですか、最初に説明されたように、もし虚偽の証言をしたなら偽証罪になりますよ」
偽証罪と言われた証人が固まる。
「上手いですね、九条検事」
私がそう言うと、悪役にしか見えないのが難点だねと草薙所長が微笑んで返してくる。
「確かに」
「事前に攻め方など、レクチャーがあったんじゃありませんか」
「ねーよ、試合はガチだって、プロフィールとかはこうして欲しいって言われたり、衣装とか用意されたけど」
九条検事の笑みが怖い。迫力満点過ぎて証人が押されている。
「エンターテイメントとして、盛り上げのために様々な仕込みをしながら、実際の試合はむしろ本人たちに任せて、例えば頭部への打撃はしないとか、危険な投げをしないなどの配慮を打ち合わせてはいなかった訳ですね」
質問の意図に気付いた証人が被告席を見る。
被告二人は目を合わせないように下を向いたままで、行き場を無くした視線を九条検事が遮るように捉える。
「加藤さん、被告に意見を求めるような仕草はどうしてでしょう。これから、色々と便宜を図ってもらうはずでしたもんね、忖度しましたか」
忖度なんてしてねーよ、そうキレた証人を尻目に九条検事は質問を終えた。
「以上で終わります。加藤さん、ありがとうございました」
被告席から本橋弁護人が立ち上がる。
「どう返して来ますかね」
草薙所長の表情が強張る、被告弁護人による証人尋問が始まる。