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初公判後 




 初公判は予定通り被告弁護人である本橋弁護士の冒頭陳述で終了して、次回公判は1週間後の2月19日となる。

 事務所に戻った所長は早速、証拠開示請求の手続きへと動き出す。次回公判までに被告弁護側から証拠を開示してもらうべく裁判所を通して請求する。当然、検察側も同様に動いているだろう。

 「なんで公判前整理手続きで出さなかったんでしょう」

 私は素朴過ぎる疑問を所長にぶつけてみる。実際、被告側に有利と思われる証拠を隠していた意味が判然としないからだ。

 「九条検事個人を狙った攻撃とマスメディア向けのパフォーマンスだろうね」

 マスメディア向けのパフォーマンスというのはわかるが、九条検事個人を狙った攻撃とは一体。

 「あまり良くはわからないかな、九条検事は優秀な人物だし、万全の準備をしていれば非常に強いんだけど、イレギュラーに弱いんだ」

 「弱点を突いてきたと、では被告側は短期決戦の構えでしょうか」

 私が言うと所長は考え込んだ素振りを見せてから返してくる。

 「単純に長引けばマイナスなのは被告側だよね、責任を取らずにゴネているとマスコミに煽られるのはわかりきっているし、何より示談の可能性が現状低いからね」

 「ですよね」

 「でも、相手があの本橋先生だからね」

 「遺書の件もメディア対応としてはいいタイミングでしょうか」

 そう言うとまた考え込んだ所長。

 「どうだろう。現状は被告側の責任追及の流れが強い、日本は法治国家なんて言っているが、こうした世論が司法に影響を及ぼしている現実は否定出来ないし、ましてや、裁判員裁判はそれを助長する形にもなる。まあ、悪いことばかりではないけどね」

 所長の良く言う、為政者や公人に徳を求める日本の儒教的側面だろうか、文化的に根付いてしまっていることで誰も疑問を持たずに「公人」に徳の高さを求めるし、公共の表舞台にいる人物は人格者でなければならないという圧力があるという主張だ。

 「ならば、責任追及の流れに歯止めかけられれば被告側としては成功ですね」

 「難しいかもしれないね。どちらかと言えば世論を割ることが目的だろうね」

 「遺書があるなら、承諾書も含めて責任追及は間違いだとする意見を増やしたいということですか」

 「うん、逆張りなんて言われる人たちにすでにそうした論調の人がいるけれど、彼等の信者を含めて、同様の声をあげやすくする思惑はあるだろうね」

 「初公判で出して来たのは検察の対策を妨害して、世論が割れている間に結審まで持っていく構えと」

 「多分…ね」

 所長が自信なさげだ、まあ、このまま行けば原告側の希望通りになるだろう。遺書の件も被害者本人の音声記録も状況を劇的にひっくり返すまではいかない、所長の言葉を借りるなら、世論の追及にたいして、裁判員が同調しているし、出揃った証拠からも、違法性阻却までは認められないと思える。

 ただ、だからこそ所長は本橋先生を警戒しているんだろう。メディアを利用する劇場型の司法戦略はかの先生の得意とするところだし、まして被告がネットメディアの大手であり、日本の民法キー局も後ろにあるのだ。


 遺書と撮影された動画記録が開示されたのは4日後の2月16日だった。東京地検へと足を運び、遺書の写しや動画を確認するが、初公判で被告側が主張した以上の情報はない、嬉しいようでもあり、突くべき場所が無いことで一方的に相手にカードが増えたと再認識させられて、厳しいようでもある。

 「草薙先生、まあ、これなら問題ないよな。確かに被害者が危険性を認識していたこと、相応の覚悟があったと主張出来るが、根本的な現役格闘家が契約があったとしても相手を死なせてしまったことの違法性を阻却することは出来ないってのは崩れん」

 九条検事が所長にそう語りかける、自信に溢れる内容の反面、どこか探るような、少し自信のない声に感じる。

 「幸いにして、この遺書にたいしては世論は責任追及を更に求める方向で炎上してますから、おそらく本橋先生の狙いよりは被告側を擁護する動きは起きていないと見るべきでしょう」

 実際、逆張りといった感じの発言はあった、所長はそれ自体は正常な社会の有り様として認められるべきだと言っていたが、現実にはそうした発言をした人たちが総じて炎上し、不買運動やスポンサーへの抗議などに発展して謝罪を余儀なくされる流れになってきている。

 遺書の報道から僅かに4日でだ、本当に情報の消費のスピードと炎上の拡大とその影響がもたらす範囲が予想を上回っている。

 「だよな。このまま、進めて問題ないな」

 そう喜色を浮かべた九条検事と対象的に所長は暗い。

 「ただ、ここまで炎上すると、社会的制裁を受けていると判事が判断する可能性はあります」

 「量刑に影響すると」

 「最悪は被告側に情状酌量を認める可能性もあるかと」

 少し通夜のような雰囲気に思わず声が出る。

 「でも、違法性阻却が認められず、有罪となれば原告の望みが叶います。取り敢えずそこは大丈夫ではないでしょうか」

 そう言うと九条検事が確かになと私の肩を叩く、少し痛い。所長は所長はそうだね、と笑っていた。


 第2回公判が迫っていた。

 次は証人尋問が待っている。無言を貫く3人目の参加者への注目が高まっていた。

次は第2回公判です。

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