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初公判 後編




 本橋被告弁護人による冒頭陳述のための準備が進められる。

 先程、検察側の冒頭陳述でも使われたが、プロジェクターなど、裁判員による裁判は分かりやすさがもとめられるようになった。司法について理解していない一般人に刑法に則って有罪や無罪を決めるだけでも、かなり負担が大きく、だからこそ、争点を絞り、分かりやすくしなければ、一般人が判断をくだす基準が無くなってしまうのだ。

 

 「所長、本橋先生は何を語るつもりでしょうか、正直、この裁判は被告側の主張を考えれば、かなり不利ですよね」

 私は横に座る草薙所長に何と無く語りかけた。

 「うーん、公判前整理手続きでは出していなかったものがあると思うんだよね。あの本橋先生が承諾書があるという一点だけで押してくるとは思えない」

 所長の言葉にそうなんだよなと内心で相槌を打っていると、本橋弁護人の冒頭陳述の準備が整ったようだ。


 いつものように少し軽薄さが見えるコーディネートな本橋弁護人は飄々とした表情で軽やかに語り始めた。


 「お待たせしました。それでは被告側弁護人として冒頭陳述を始めたいと思います」

 軽く一礼をして語り出した本橋弁護人はまずはと前置きをしてから、今度は深く一礼しながら哀悼の意を顕にした。

 「今回、不幸にも帰らぬ人となってしまいました被害者、菅原 泰地さんのご冥福を深くご祈念いたします」

 深々と頭を垂れたあと、本橋弁護人はプロジェクターを操作して資料を写しだしながら、被告側の主張について解説を始める。

 「今回の事故につきまして、不幸な結果となりましたことは大変に遺憾では御座いますが、検察側の主張する過失傷害致死や安全配慮義務違反で罰せられることはないと思っております」

 傍聴席から人殺しとのヤジが飛び、松前裁判官長が静粛にと木槌(ガベル)を打つ。

 「過失傷害致死についてはスクリーンに写しております、承諾書を見ていただいて。こちらには危険性に対して、一切の責任を問わないことを参加者に承諾して頂いた上でサインされた契約書ですから、これを持って違法性は阻却できると考えております」

 本橋弁護人はプロジェクターを操作して刑法第35条について書かれた資料をスクリーンに写す。

 「刑法における違法性阻却事由とは触法行為による違法性を阻却、つまり無かったことに出来る理由のことを指します。大きく2つ、『正当行為』と『正当防衛』となりますね。『正当行為』は業務などで必要な危険を伴う作業などで、当事者間で行為の正当性と危険性の認識が共通して成されており、その上で十分な配慮のもとに当事者が了承して行った行為の法的責任を問わないと言うものです。『正当防衛』についてはそのままですね。緊急時に身を守るために過剰にならない範囲での自衛について、これを認めたものです」

 プロジェクターが操作され、スポーツにおける違法性阻却の事例が紹介される。

 「スポーツ、特に格闘技では競技そのものが暴力行為な訳です。ですから、暴行や傷害にあたりますが、競技者のプロかアマかを問わず同意と開催側の配慮があれば違法性を阻却出来ると考えるんです。しかしながら、一方でプロの格闘家は正当防衛においては相手が素手で襲って来た場合、やり返すと過剰防衛になることがひろく知られていますね。テレビでお馴染みの元プロボクサーなどが、こうした案件で傷害罪になったりしています」

 「今回の件では検察側は危険性の理解が共有出来ていなかったこと、安全配慮が足りなかったことを指して違法性阻却は出来ないという主張なわけですが、まずはこちらを聞いてください」

 そう言って再生された音声は被害者ともう一人の男性との会話だった。


 ~「意気込みはどうですか」

 「死ぬ気でやりますよ」

 「死ぬ気って、ずいぶんとやる気ですね」

 「プロとやるんです。普通にやったら、即ぼこぼこで何にも残んないですから、しがみついてでも、爪痕残さないと」~


 「お聞き頂いたのは番組編成のスタッフと被害者との撮影前の会話です。これはメイキング動画を後々出すために撮られていた中から抜き出したものです。もちろん、死ぬ気なんて言っていたから、死んでも文句言えないと言うわけではありません。そんなことを言ったら日本の政治家の3人に1人は殺されて文句言えませんから」

 少しブラックなジョークに法廷に笑いが起こる。松前裁判官長がガベルを打ち、「あまり不適格な発言はしないように」と注意して、本橋弁護人が軽く頭を下げて続ける。

 「少なくとも被害者には危険性を理解した上で立ち向かう気概があった。だから、当日、思ったよりも本気な参加者に驚いた被告が手加減を誤ったとも考えられます」

 「また、被害者の意思の強さを示す証拠として、撮影前にAZUMA TV側に渡された被害者の遺書を証拠として提出いたします」


 法廷が揺れる、思わぬ証拠が提出された。

 「公判前整理手続きでは遺書なんて出てなかったはずですよ」

 「亜久里くん、すぐに証拠開示請求の手続きを取るよ」

 慌てて法廷を出る草薙所長を追いかけた。

 何人かの記者やメディア関係者と思しき者も飛び出していく。きっとそれぞれの媒体で我先にと発表するのだろう。

 波乱の公判はこうして幕を開けた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] >そんなことを言ったら日本の政治家の3人に1人は殺されて文句言えません ここ、ぐふふ、と黒い笑いが出てしまいましたww シリアスな進行の中、こういうユーモアが差し込まれると、前のめりで…
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