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初公判 前編

初公判

冒頭手続きから検察側の冒頭陳述までです。




 事件の起こった11月4日から3ヶ月、3回の公判前整理手続きを経て、2月12日、初公判がおこなわれる事となった。

 私と草薙所長は原告代理人として、公判の行われる東京地裁法廷第401号の傍聴人席の前列に座っていた。

 被告であるAZUMA TV代表 神田 宗俊、格闘家 浅科 捲、両名はそれぞれ、逃亡や証拠隠滅の恐れは無いとして拘置所ではなく、在宅にて公判にのぞむことになる。


 公判は刑事訴訟の担当判事から3名、松前 圭介地裁判事、有働 伸二地裁判事 掛井 俊哉地裁判事が担当し、裁判員6名は20代から50代までの男女が選ばれた。

 ついに初公判が始まる、ベテランの松前裁判官長が落ち着いた様子で人定質問を行う、被告人それぞれの本籍地、生年月日、氏名、職業などを読み上げ、間違いが無いかを確認して、被告人が間違いなく本人であると人物を定めていく。

 訴状を読み上げると、黙秘権、偽証罪の説明を行い、公判における権利と義務を説明していく、最後に罪状認否を行い、被告人それぞれがこれについて、無罪を主張して、冒頭手続きは滞りなく終わる。

 さあ、いよいよ証拠調べ手続きである。

 検事による冒頭陳述と証人尋問が普通であるが、本公判では、被告弁護人による冒頭陳述も行われる予定だ。今回の公判では被告弁護人の冒頭陳述まで行って、次回公判へと持ち越す予定となっている。


 九条検事の冒頭陳述が始まった。


 「まず、今回の事故について、詳細におさらいをしていきましょう。」

 そう言った九条検事はパワーポイントにて作成したデータをプロジェクターを使いスクリーンに写し出す。

 「11月4日、午後7時に始まったAZUMA TV配信のライブストリーミングTVは被告人格闘家浅科 捲に被害者菅原 泰地を含む3人の挑戦者が挑み、勝つことが出来れば1000万円獲得というものでした。動画は最大2時間の予定でしたが、冒頭の1時間をMCによる企画解説、挑戦者紹介に使ったあと、午後8時丁度に始まったチャレンジは10分という短時間で終わりました」

 九条検事はスクリーン上の該当箇所を的確に示しながら、時系列について語っていく。

 「3名の挑戦者との交戦は合計でほぼ、7分強といったところで、セット内で待ち構える挑戦者へと向かって歩いて移動している時間、それを待ち構えて準備する挑戦者を写していた時間が3分弱といったところです。チャレンジ終了後、MCと被告人浅科とのやり取りで番組は終了、8時30分に当初の予定より、短い形で終わっています。ここから、配信を振り返り事故について詳細を見ていきますと」

 スクリーン上の表示が切り替わり、チャレンジ中の出来事が詳しく表記されたものに変わる。

 「最初のチャレンジャー加藤 健人と交戦を開始したのがチャレンジ開始から1:04経過後、これを凡そ2分で撃破した訳ですが2:52時点に挑戦者の後頭部を左手で押さえて右肘で打ち据えてますね。この直後、鼻から出血しながら加藤は倒れ込みチャレンジ失敗判定となりますが、彼は鼻骨骨折しておりました。そこから、移動して4:10時点で被害者菅原 泰地との交戦が始まります」

 ここで画面を変更する九条検事、被害者菅原 泰地のチャレンジ内容の詳細を時系列で追う。

 「出会い頭の4:20で被告人浅科に被害者が組み付いて投げられて、被害者が一度転倒します。しかし、足に組み付いた被害者そのまま立ち上がり腰にしがみつきます。5:08、しがみつく被害者を引き剥がした被告人は両肩を掴んだまま足を払って背中から被害者を床に叩きつけます。このさい、両肩を掴まれた状態で両足を払われた被害者は受け身をとれずに後頭部を強打したと推測されます。そして、1回目の転倒時と異なり、動かない被害者に追い討ちとして、被告人は仰向けに倒れている被害者の右脇腹を俗にサッカーボールキックと呼ばれる蹴撃で痛打を加えます。チャレンジ開始から5:35のあたりです。これで沈黙した被害者を背に被告人は次の挑戦者の元へと向かったため、被害者の動画内での出番はここで終わっています」

 またしても画面を切り替える九条検事。

 「と言うことで動画配信の時系列から被害者が脳挫傷による内出血を起こし、その後、蹴りによる右脇腹、肋骨の背中側の11番及び12番骨折、腎臓の圧迫による腎断裂を起こしたのが午後8時5分頃と推定されます。たいして、東京都の災害救急情報センターの通報履歴を照会したところ、同日、この件に関する通報が行われた時刻は8時12分、実に7分もの間、放置されていたと推測されます。その後、撮影現場の渋谷区内で最も近くある救急救命措置が可能な総合病院として東京女子医科大学病院に搬送されましたが、搬送中に死亡しました。以上が事故の経緯となりますね」

 九条検事はスクリーンの映像を切り、証拠の画像を写しながら、今度は話し始める。

 「まず、こちらが被害者などが事前にサインをした許諾書の写しとなります。見ると確かに危険の可能性やそれによって生じる怪我の責任を問わないことなどが書かれております。しかしながら、プロ格闘家である被告が一人目の鼻骨骨折にその場で気付かなかったのでしょうか、手応えや画面越しにもわかるほどの出血でスタッフ含めて素人の参加者がそこまでの怪我を負ったなら、撮影を中断して直ちに処置にあたるべきではなかったでしょうか、鼻骨骨折は場合によれば、口腔内部の出血で気道が塞がり窒息することもあり得た訳で、最悪はもう一人、出演者が死亡していた可能性もあります。また、被害者にたいして、受け身の取れない投げやサッカーボールキックなど、プロ同士でも死亡事故の発生する危険な行為を躊躇いなく行ったことは疑問を禁じ得ません。相手が遥かに実力に劣る素人なら怪我をさせずに一方的に制圧して見せるほうが、遥かにエンターテイメント性が高く、また見ている視聴者からしてもテクニックを含めたプロの凄さを実感出来たでしょうが、力任せな一方的な暴行では弱いものいじめにしか見えません。はっきりと動画に関わる意気込みとして語った格闘技をひろめたいという目的からズレていると感じます」

 上手い、法律に照らした妥当性から判断する判事にはこの論法は効果的ではないかもしれないけれど、感情に左右される裁判員には効果的なアプローチだ。実際、裁判員の方の顔色が悪くなっていく、年若い女性の裁判員が被告席を睨んでいる。これはいける。

 「続いて、こちらは司法解剖の結果です」

 そうして提示されたのは監察医制度に従って行われた司法解剖の結果だった。

 「まず、後頭部に強打したことによる脳挫傷、内出血が確認されており、続いて、右肋骨背面側部11番及び12番に亀裂、骨折が確認。脇腹から強く圧迫されたことで右側の腎臓に腎断裂、これは腎臓の内部破裂を指すもので、外部の衝撃でおこる腎臓の外部損傷では4段階のうち3番目に酷いものです。また、肝臓にもこの打撃によるものと思われる血腫が僅かに確認されています。結果、脳挫傷による内出血、内臓の重大な損傷によるショック症状による死亡と認定されました」

 裁判員の50代の温厚そうな男性が顔色を悪くして口元を押さえている。こうした証拠は事前に裁判員には見せているが、そうそう慣れるものでは無いので仕方ない。

 「はっきり申し上げて、バイクによる転倒事故などとそう変わり無い死因です。素人参加型の格闘イベントに参加するとなって、危険があると説明されて許諾したとしても、まさか交通事故に相当する怪我を負わされると想像する参加者は存在しないでしょうし、公共の放送に携わるものが、一般人にそれほどの重傷を負わせる事を良しとして企画しているはずは勿論ありませんよね。まさか、初めから死亡も含めて後遺症の残るほどの重傷まで参加者に織り込ませていたと言うならば、放送倫理上、それはそれで問題があると言わざるを得ず、資本元の民放キー局の責任も問うことに成りかねないと考えます」

 ここまで話して、検察側冒頭陳述は終了した。

 本来ならば、このまま証人尋問へと移るが、公判前整理手続きが行われるようになって、弁護側が検察の持つ証拠の開示が容易なったこと、本公判の前に争点を絞り、裁判員にアピールする部分を特定出来ていることから、最終弁論だけでなく、冒頭陳述で弁護側が冒頭陳述を行うケースが増えたのだが、今回、本橋弁護士も冒頭陳述を行うようだ。



 

次回は弁護側の冒頭陳述で初公判は終わりの予定です。

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