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第5回公判 口頭弁論 



 3月11日

 この日、予定通りに口頭弁論が行われる。

 開廷を待つ第401小法廷で、検察側として九条検事が原稿に目を落としている。

 「亜久里くん、緊張しなくても喋るのは九条検事だから大丈夫だよ」

 所長が苦笑いを浮かべて語りかけてくれる。

 「私の原稿、役にたつでしょうか」

 私は先日、所長に頼んで、今回の口頭弁論に加えてもらった私の書いた原稿について聞く、つい答えが返る前に呟きも出た。

 「そもそも、読んで貰えないかもしれませんね」

 そんな私に所長は笑顔で声を返してくれる。

 「先輩は見た目の通りに人情に篤いからね、あの原稿には飛び付くだろうよ。そして、内容については良くやったよ、自信を持っていい」

 検察側の口頭弁論に自分の原稿を読んで貰えないかと頼むなんて非常識だと思ったが、所長が快く引き受けてくれて良かった。


 松前裁判長が開廷を告げ、ついに第5回公判が始まる。


 「それでは、検察側の弁論と求刑をさせて頂きます」

 手元の原稿に目をやったあと、被告席を一瞥してから、九条検事は傍聴席へと視線を向け弁論を開始した。

 「本案件において、被害者が死亡したことは運営責任者であるAZUMA TVの安全、人命軽視による杜撰な企画運営の結果であることは、本公判にて示した数々の証拠により明白であり、また被告 浅科 捲に関しても同様の人命軽視の姿勢と公判にさいしての態度から反省の気持ちや自らの過失に向き合う思いは希薄であると断ぜざるを得ません」

 こう言ったあと、すこし間をおいた九条検事は私の方を見てから、裁判官側に向き話し出す。

 「当日の被害者は天秤座をモチーフにしたペンダントヘッドがチェーンにとおされ首からかけられていました。被害者は4月産まれですから、天秤座ではありません。このペンダントヘッドには4月の誕生石 ルービックジルコニアがあしらわれていました」

 そう言いながら、証拠品として押収されたアクセサリーを見せる九条検事。

 「これは原告である被害者の母親、菅原 美智子さんが、芸能界を追われて失意の内にあった息子に贈ったものでした。10月産まれの彼女が自らの星座をレリーフしたアクセサリーで私だけはあなたの味方だというメッセージ、天秤座に誰かがきっと見てくれている、今回は間違いを見咎められたが、これから腐らず頑張れば、きっとまた認めて貰えるという励まし、そして、ルービックジルコニアには苦しみからの解放という意味が籠められています。被害者がこのアクセサリーをしていたのは、芸能界の再起の第一歩を踏み出す決意と心配してくれる母親を安心させたいという想いがあったんじゃないかと思います」

 言葉を切った九条検事は被告席を見ながら求刑を告げた。

 「証拠のない感情論がまざりましたが、AZUMA TVには業務上過失致死として罰金100万円の支払い、更には安全配慮義務に著しい違反があったとして、業務改善命令をお願いしたい。被告 浅科 捲には傷害致死として懲役4年を求刑します」


 懲役4年の求刑に被告席で浅科 捲が項垂れる。

 松前裁判長より、被告側の最終弁論が促されると、本橋弁護人は間をおかずに弁論に入った。

 「例え、素人が相手で被告がプロの格闘家であったとしても、スポーツやそれに類推する事柄において違法性は問われない、でなければ、あらゆるスポーツやレジャー、運動をともにするあらゆるイベントはその開催に大きな制約を受けることになります。本案件では被害者は自らエントリーし、内容を許諾して契約を結んでいます。被告側として、無罪を主張します」


 このあと、松前裁判長より被告本人による最終意見陳述が出来ることが説明されるが、被告側より、これの辞退があり、閉廷となる。


 これですべての審理が終わり、結審した訳で判決は2週間後の3月25日となる予定だ。



 3月25日


 ついに判決が言い渡される。

 傍聴希望は今までを増して殺到し、報道関係者も多い中、松前裁判長の木槌(ガベル)が鳴る。

 「被害者菅原 泰地に対するAZUMA TV運営管理者における業務上過失致死、被告浅科 捲の傷害致死を審理した結果を言い渡します。本件では運営責任者の杜撰で人命を軽視した企画運営により、被害者に重大な傷害を為さしめ、結果として死に至らしめたことは社会通念上許し難く、これについて法的な責任の全てを棄却することは出来ないと判断する。被害者本人も同意をしていた点はあったとはいえ、その理解に著しい齟齬があったことは明白であり、また、プロの格闘家として、相手に重大に怪我を負わせない配慮を怠ったことは覆しようのない過失である」

 松前裁判長が前を向き被告に見る。

 「主文 AZUMA TV 及び浅科 捲を有罪とする。AZUMA TVは業務上過失致死として罰金100万円の支払い、安全配慮義務に違反したとして、業務の改善を行うことを命ずる。浅科 捲には傷害致死として懲役3年執行猶予2年を言い渡す」


 大騒動となった一審が終わり、世間の注目は控訴へと流れるも、被告弁護人の本橋先生は即時の会見にて、控訴の断念を発表、速やかな罰金の支払いと義務の改善趣意書の提出を宣言した。


 「ずいぶん、あっさりと断念しましたね」

 北区赤羽の事務所で私は所長に向けて話しかけた。

 「んー、君のお手柄のお陰だよ。あの音声データも口頭弁論での訴えも、随分と世論に受けがいいようだし、想定以上に厳しい判決だったからね。本橋先生としても刑を軽くすることより、少しでも心証を良くして、このあとの民事賠償訴訟に繋げたいんじゃないかな」

 「私のお陰では無いですよ。でも、民事賠償訴訟も私たちも担当するですよね」

 「勿論さ、あと誹謗中傷をしている人物の特定も進めているしね」

 判決は出たものの、まだまだこの件は終わらない。


 でも、一週間もすれば世間はこの話題を忘れるだろう。芸能界で爪痕を残して返り咲きたい、そんなありふれた想い、息子の幸せを願う母親と、期待に応えようとした息子の不幸な結末は桜散る東京の春に埋もれていく。







 

次回 完結となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 判決内容がやるせないのがリアリティがありますなぁ。 [気になる点] 主文 AZUMA TV 及び浅科 捲を有罪とする。AZUMA TVは業務上過失致死として罰金100万円の支払い、安全配慮…
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