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第4回公判 



 今日は明け方から激しく雨が降っている。

 3月4日、予定通りに東TV傷害致死事件の第4回公判が始まろうとしている。叩き付けるような雷雨の中でも傍聴希望者は今日も定員をオーバーして集まっており、抽選が行われていた。

 「所長、証人の追加申請、間に合って良かったですね」

 鈴原さんが証人として出廷することを決めた後、所長はすぐに手続きを済ませていた。

 「今日は僕の出番もあるし、頑張んないとね」

 所長はそう言って舌を出しておどけてみせる。こういう仕草も様になるのが悔しいが格好いい。そして、今日の鈴原さんの証人尋問は原告代理人である所長が検察側と判事の了承を得て、直接おこなうことになっている。


 定位置となっている傍聴席最前列中央へと移動すると、被告席の本橋先生が声をかけてくる。

 「証人の追加とは、何かしら証拠でも」

 いつもの笑顔で余裕たっぷりな本橋先生に所長は、お楽しみをネタバレは良くないよね、とかわしている。予定調和で進む被告本人の被告人質問では検察側、被告側双方ともに新しい事実は出ることもなく進んでいく。

 

 被告である浅科 捲が被告弁護人である本橋先生に噛み付く場面で法廷が騒然となった。


 「あんたは俺の弁護人だろ、なんで俺が悪いみたいな流れになるんだよ」

 当日の経緯について、検察側に聞かれ苛ついていたのだろう。その上で本橋先生からも段取りを外した理由を問われてキレてしまったようだった。

 「落ち着いてください。最初の対戦者との交戦にて普段はしない素手での攻撃で手に違和感があったこと、被害者が段取りを外したことであなたなりに軌道修正した結果が悪い方に向いてしまったんですよね」

 声を荒げた被告にたいして、本橋先生は動じる事もなく淡々と運が悪かっただけで故意でもなく、悪気もなかったのだろうことを強調して、気勢を削ぐ。消費者金融関係の顧問弁護士として、海千山千の修羅場をくぐった先生であるからして、法廷で騒がれるくらいはどうと言うことも無いのだろう。

 本橋先生のペースのままに法廷が進み、被告本人質問が終わると、ついに鈴原さんが証人席へと喚ばれることになる。


 「いよいよですね」

 そう奮い立つ私の肩を軽く叩いた所長は事も無げに微笑んだ。

 「お膳立てをして貰ったからね、台無しにしないように頑張んないとね」


 私の横を通る鈴原さんの緊張した面持ちと、朗らかに微笑む所長の顔、その対比に法廷が静かな緊迫感に包まれていく。松前判事によるお決まりの人定質問と注意が終わり、原告代理人 草薙 大翔の名がコールされる。ついに所長が舞台中央へと躍り出たのだ。


 「さて、法廷の皆さんにご存知かとは思いますが、私は原告代理人を務める弁護士の草薙と申します。本日は証人として出廷に応じてくださりました鈴原さんの証言によって、本事件の真実を(つまび)らかにお伝えできると思っております」

 裁判員や傍聴席を見回しながら、自然な所作で落ち着いた声で語る姿は私が憧れた所長のスタイルだ。そうしてから、ゆっくりと証人の前へと歩みよる。証言台の横にはキャスター付きのスタンドアップテーブルが置かれて、所長愛用のノートが立ち上げられた状態になっている。外部スピーカーへと繋げられていることに、目敏い本橋先生は何かしら勘づいているようにも見えた。

 「鈴原さん、今日はよろしくお願いいたします。証言に応じて頂いた勇気に感謝いたします」

 そう告げる所長に検察席、被告席と見回してから鈴原さんはゆっくりと所長に向き直って語りだす。

 「勇気なんかじゃないんです。結局は隠しても無駄なんだと思い知りましたから、これはただの保身です」

 微かに声が震えている。なにかを吐き捨てるような印象を与える話し方に複雑な心境が見えるように思えた。

 「鈴原さん、当日のあなたの役割はなんだったんでしょうか」  

 所長は保身という言葉は無視して質問を続けた。優しい表情のまま、声も柔らかい。

 「私はAZUMA TVの番組制作スタッフの一人でADとして働いています。当日は被害者である菅原さんと浅科選手との場面でディレクターの指示の伝達などを担当していました」

 「なので、あなたが事件後に通報をおこなった訳ですね。この経緯についてお伺いします」

 はい、と短く頷いた鈴原さんに所長が一つ頷き返すと、鈴原さんは裁判員席、傍聴席を見渡して話しだす。

 「菅原さんと浅科選手との交戦が終わったあと、菅原さんは倒れたまま動きませんでした」

 「最初の聴取では浅科選手が移動したあと、菅原さんは一度は佐々木プロデューサーなどの呼び掛けに応じていたとのことでしたが」

 「そもそも、佐々木プロデューサーは呼び掛けなんてしてませんでした。美術スタッフの一人が全く反応がないからと通報しようとしたのを佐々木プロデューサーに止められたんです」

 この鈴原さんの発言に法廷がざわつく、槌の音が響き、そんな中で所長の質問が再開する。

 「それでも、あなたは通報したわけですね」

 「私で無くても、誰かしたと思います」

 「何故でしょう」

 「だって、本当に死んでしまうかもしれないと、そう思ったら怖いじゃないですか」

 当時を思い出したのか、思ったよりも大声をあげてしまったと感じたのだろう鈴原さんは直後にすいませんと一言呟くように下を向いた。

 「あなたが通報したのは指示に従った結果ではなく、あなたの判断だったわけですね。もし、一度目の通報が遮られることが無ければ、最悪の事態を回避できたかもしれなかった」

 「‥‥医療の専門家ではありませんから、それはわかりません」

 そう応えた彼女にたいして、被告席では被告二人が顔を青醒めさせており、本橋先生は業を煮やしたように手を挙げた。

 「異議あり、証人の証言にはなんの証拠もありません」

 所長へと顔を向けた本橋先生がやおら声を荒げる。

 「証拠もなく、そんな証言だけで印象操作してくるとは、まさか先生がそんなことをするとは思いませんでしたよ」

 鈴原さんが俯いていることに、大丈夫ですよと優しく声をかけた所長は松前裁判官長に視線を向けると、何かしら察した裁判官長からのアイコンタクトを受けて、本橋先生へと向き直る。

 「証拠なら、あるんですよ」

 その言葉に被告席はさらに困惑し、傍聴席がざわついていく。

 松前裁判官長の打つ槌の音が響く。

 「被告弁護人、今は原告側が証人尋問をしています。憶測による侮蔑的発言は法廷の品位を貶めるものとして、退廷を命ずることにもなりかねません。注意してください」

 「原告側の証人尋問の途中ではありますが、被告側からの異議もありました。原告側の証拠の開示を認めます」

 本橋先生は立ち尽くしたまま、裁判官長を呆然と見ている。所長の根回しと、本橋先生の性格を読んだことで、これ以上ないパスが回って来る。僕は運が良いだけと口癖のように言う所長が実際には、そのシチュエーションになるべくしてなるように誘導した結果だとよく分かる瞬間だ。

 用意してあったスタンドアップテーブルの上、外部スピーカーに繋がれたノートパソコンのケーブルレスのマウスが踊る。立ち姿だけでも様になる所長の所作にどんどんと注目が集まる。

 「証拠の開示を認めて頂きましたから、皆さんにある音声を聞いて頂きましょう。これは先ほどの鈴原さんの証言を裏付けるものです」

 手元から目を離して裁判員、被告席、傍聴席を見渡して話し出した所長はさらに続ける。

 「今からお聴き頂く音声データは鈴原さんが事件当日に緊急救命センターに通報したさいの音声記録なんですが、この記録には鈴原さんとオペレーターの二人の声しか入っていないと思われていました」

 そう言ってから私の方をみる所長。

 「しかし、私の事務所の優秀なスタッフはここに別の声が入っていると気付いたんです。篠田音声研究所の協力のもと、この紛れ混んでいた人物の声を取り出すことが出来ました。鈴原さんとオペレーターの声を排除して、事件当日に語られていた会話を発見したんです。では、お聴きください」

 所長が解析された音声データを再生すると、法廷は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。報道関係者が我先にと飛び出していく、「佐々木プロデューサーの暴言が出てきた」そう叫んでいたのは特ダネに辛抱堪らなくなったからだろうか。

 松前裁判官長がこちらも堪らずいった風情で木槌(ガベル)を盛大に打ち鳴らす。

 「退廷を命じますよ、と言おうにも既に退廷していますが、残っている報道関係の方にも合わせて、あまり酷い態度は抗議もしますし、出入りに制限をされると思ってください。法廷とは厳粛なもので無ければなりません」

 咳払いで温厚な顔を鬼の形相に変えた松前裁判官長はもう一度咳払いすると、いつもの温厚な表情に戻り、鈴原さんへと謝罪している。

 「勇気を持って証言に来られたあなたにたいし、配慮や敬意を欠いています。申し訳ありません」

 あたふたと動揺する鈴原さんに所長は笑顔を向ける。

 「本当に勇気ある証言を有り難うございます。先ほどの音声ですが、佐々木と呼ばれていた人物については篠田音研のほうで、佐々木 郁夫プロデューサーのものだと特定できました。もう一人は誰でしょう」

 動揺が尾を引いていた鈴原さんは、やや吃りながらも返していく。

 「あっ、…はい、えっと、美術スタッフで当日の大道具を担当していた村下さんかと」

 「なるほど、先に鼻骨を折った挑戦者の加藤さんも緊急搬送ではなく、スタッフの運転する車で病院に送られましたね。なぜ、菅原さんもすぐに誰かが病院につれて行こうとしなかったんでしょう」

 「加藤さんのことに関しては担当区域でないので伝聞ですが、鼻からの出血が酷く、用意していた氷嚢などで対処出来なかったために病院へと送ったようですが、菅原さんは目に見える外傷が無かったことで佐々木プロデューサーが大袈裟に痛がってるだけだと」

 「実際には軽症なのを演技してると?」

 「はい、通報しようとしたスタッフを止めて、カメラが止まればすぐに立ち上がってくる。二人も配信中に病院送りなんぞにしたら、配信を停止しなきゃならんかもしれないと」

 「先ほどの音声データがありますから、十分に整合性のとれる証言ですね。ありがとうございました」

 所長がそう労い、鈴原さんの役目が終わる。

 所長が被告席を向いて話をまとめる。

 「結局のところ、配慮が無かったという事実が良くわかりましたね。この証言と証拠から安全配慮義務に著しく欠いていたことがわかりました」

 

 被告席の本橋先生から歯軋りが聞こえそうな程に歪んだ表情が見える。



 これで、公判はいよいよ、口頭弁論だ。もう、証拠も出揃い、最終のまとめをしていくだけの段階、その後に求刑を経て結審までは予定通りならば今月のうちに終わるはずだ。


 傍聴席へと戻って来た所長にお疲れ様ですと声をかける。

 閉廷後、囲み取材を終えた所長へと向かう。いつものように笑顔の所長に決意を込めて語りかける。

 「所長、頼みがあるんです」


 次の公判は3月11日。

 いよいよ、大詰めだ。 


 

次回は口頭弁論です。

あと3話程度で完結予定です。

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