ヒドインに転生しました?!
見たことある、とその時に思った。
せっかく猛勉強して入った学園。初日始業式に遅刻するなんて最悪と、慌てて入った講堂の壇上に、佇む姿を見てすぐに第二王子だ、と思った。
まだなんの紹介も聞いていないのに? と思った次の瞬間には、彼はこの学園の生徒会長で『攻略対象者』だという情報が脳裏に浮かぶ。
待って。待って? 乙女ゲームなの?
だけど、知らない。乙女ゲームなんてやってない。なんでそんな情報が浮かぶの?
そんな思考の中、そっと近寄ってくる若い先生を見て思う。
彼もだ。見たことがある。『攻略対象者』。
私は頭を抱えた。
待って。待ってよ、どういうこと?!
混乱しているのが分かっていても止められなかった。何が何だか分からない。初めて来た学園で、知らない人ばかりのはずの場所に、知らないはずの知っている人がいる。どういうこと? どういうこと?!
私は頭を抱えたまま、その場で気を失った。
後々、初日だからと体調不良を押して来たのだと解釈してもらえたのは幸運だったかもしれない。
― * ―
寮に帰って、熱を出して、早速寮母さんにお世話になってしまう。
その間に思い出したのはここは小説の世界だということ。
すでに私は別の世界のことを記憶に持つ『転生者』だとは分かっていた。ただ、ここは単にファンタジーな世界なだけだと思っていた。典型的な剣と魔法で魔物と戦う、冒険いっぱいの世界。
そう思っていたのに。
「はぁ……嘘でしょ……」
WEBで見て面白くて、書籍版も買った。コミカライズも電子版で読んだ。それぐらい好きな小説だけど、この生まれ変わりは最悪すぎる。
この小説は、架空の乙女ゲームの世界を模した世界が舞台。
その主人公は『悪役令嬢』と呼ばれる、乙女ゲームのヒロインのライバル役である少女だ。彼女はその乙女ゲームをプレイしたことがあり、ゲームの中で不幸な結末を迎える自分から脱するために努力する。
しかし、そのヒロインもまた乙女ゲームのヘビーユーザーで、乙女ゲーム通りの展開に……イケメンからモテモテの逆ハー展開になるように動く。
しかし、主人公はそれを阻止し、ざまぁして幸せを手に入れるのだ。
いい話だった。主人公の必死の努力をずっと応援していた。
また、この『ヒロイン』がすごく性格の悪いやつで、自業自得の地獄絵図に落ちたときはスカッとしたものだ。
で、何が最悪かというと。
「なんで私、ヒロインなの……!」
そのざまぁされるヒロイン、私です……!
しかもヒロイン、『転生者』が中に入って行動してるから、性格が歪んだ行動になってて、っていう話だから……、ちょっと待って。私今まで、私は私だと思ってたんですけど!
マルティナ・シュミット本人だと思ってたんですけど!!
というか、名前なんだか聞き覚えがある気がすると思ってたのに気にしなかった、過去の自分に文句を言いたい。めっちゃヒロインの名前じゃない。この世界の文字だから印象が違うし、マルティナという名前は珍しくないから全く違和感がなかったわけだけど!
シュミットは、家のお父さんが一年前に叙爵されたときに戴いた名前で、正式に名乗るのは数えるほど。『シュトー商会のマルティナ』のほうがよほど名乗っているから、まだ慣れない。もう、マルティナ・シュトーで通そうかな。不敬ですか、そうですか……。
じゃなくて、本当の『マルティナ・シュミット』は『転生者』とは別に心の奥底に閉じ込められていた。心の奥底のマルティナは自分の体が他人に動かされ、自分が思わぬような言動をすることを悲しんでいた。
もしもこの体の中に本当のマルティナがいたなら。その子も嘆き悲しんでいるだろうか。
……ううん。きっと大丈夫。
小説のムカつく『マルティナ』は、両親も周囲の人間も見下しヒトとは認識していなかった。私は両親が大好きだし、商会の人たちも尊敬している。そもそも、生まれ変わったと認識してすぐに、この世界で生きていくのだと覚悟した私と彼女は違う。
そう、違うのだ。
「なのに、マルティナの中の転生者だからとひと括りにされて、ざまぁされるなんてイヤよ」
声に出して言えば、そうだ、と確信できた。私は『あの転生者』とは違う。
生まれたとき、まだマルティナと名付けられる前からずっと私は私だった。そして前世を覚えているのだと分かって転生者だと自覚して。それからもずっと何ら恥じない生活を送ってきた。
もし私の中に本当の『マルティナ』がいたとして。
絶対に悲しませるようなことなどしていない。
「だよね? 『マルティナ』」
私はベッドに寝転んだまままっすぐ掲げた手のひらに問いかけた。答えはないけど、代わりに私の心がそうだ! と言った。
「ざまぁなんかされない! そのためには……どうしよう?」
まだ熱の下がりきっていないまま、うんうんと考えていたら、寮母さんに大変に心配されてしまった。
おかげで初日から一週間の休日を獲得してしまった。
― * ―
一週間後の初登校の日、私は改めて教室で自己紹介した。
C組(こちらの国で三番目の文字なのだけど、小説ではCって書いてあった)では、体調を心配されたりなど温かく迎えてもらえ、今まででどんな授業をしたのかなどを教えてもらえた。
優しいクラスに感動している一方、小説ではどうだったかな、なんて考えてしまう。
たしか主人公たちは一番上のクラスでヒロインが一番下のクラスだった。主人公が「たしかC組だったはずなのに」って……、そうだ、ここでC組が出てきたんだ。
「と、いうことは私は架空乙ゲーと同じ成績で来てるということよね。もし主人公が小説通りなら、ここで不審には思わないはず。だけどもし、私と同じだったら」
私と同じく、小説としてここを知っている転生者だったなら。クラスを見てどう思うだろう。予想がつかない。
男爵位を持つ商会の娘であるマルティナは、学園に何を求めてきたのか。
一つには確かに婿探しがある。
だけれど、攻略対象者のような高位貴族は求めていない。同じ男爵位か一つ上の子爵位、もしくは提携できそうな商会の跡取り。
高位貴族とのつながりは、パトロンや顧客として求めているぐらい。だけど、機会があったら、程度で何が何でもというものではない。
もう一つ。私としての本命はこっちなんだけど、学園を好成績で卒業すれば、王城仕えへの道が開ける。侍女でもいいけど、女官がベスト。そう、学園入学前の私は思っていたのだけど……。
「成績上位者は主人公たちと同じクラスになっちゃうのよね……!」
私は頭を抱えた。
クラスは学期ごとに成績順で割り振られる。A(に当たる文字)からF(に当たる文字)までの六段階で、女官、官僚を目指すならA、侍女でもBは欲しい。つまり私自身の夢のためには成績アップが必須なわけだ。まぁ、卒業まででいいんだけど。
「ダメだ。弱気じゃダメだ。関わり合いになりたくないけれど……!」
変に関わって、『転生者』と疑われるのは避けたい。だけど王城仕えは捨てがたい。
冤罪か、夢か。悩んで悩んで。
「ま、なるようになるか」
私は後回しにした。
一週間休んでいる間にも、そう結論を出した。どうせあの『転生者』のようなイケメンに囲まれるようなことは望んでない。あんな非常識な行動を取らなければいい。それでも疑われたならば、そのときは全力で否定すればいい。否定したときにかばってくれるような友達を作ろう。
そう前向きに決めたのだ。
「第一、今までの『私』の行動してたら、ああはならないでしょ」
第二王子に好意を持たれ、宰相の息子に一目置かれ、騎士団長の息子に気を許され、教皇の息子に甘えられる。
あんな状態にはなかなかならないでしょ。小説の主人公はすごくいい子だし、その婚約者である第二王子とはラブラブなはず。
そう、思っていたのに……。
― * ―
「クリスティアーネ・フォン・ヴァルデ侯爵令嬢、君との婚約を破棄する」
そう思っていたのにどういう事ーー!!
卒業式の数日前、生徒会室に呼ばれたと思ったら断罪が始まった。
第二王子や宰相の息子、騎士団長の息子とはすっかり友人になり、教皇の息子……というか先生とも仲良くなった矢先のこれ。
侯爵令嬢……というか、悪役令嬢のクリスティアーネ様は、悔しげに顔を歪めていらっしゃる。
そう。めっちゃ性格のいいはずの主人公、悪役令嬢クリスティアーネはまんま悪役らしい性格だった。貴族位を持たない家の子はすべて庶民と切り捨て、私の家のような新参の貴族は総じて賤しいと断じ、そして自分の家より低い地位のものはすべて見下す。そんな性格の子だった。
「君の学園での態度はすべて、王のもとに報告された。三年生になってから仲良くなった彼女に対して、過剰な嫌がらせをしていたのも全部ね」
「そ……それはその子がエルンスト様に必要以上に近づくからですわ!!」
第二王子のファーストネームを呼んで、そして私に蔑んだ目を向けてくるクリスティアーネ様。だけれど私は反論しなかった。
反論は、私の役目ではない。
「バカを言うな。彼女以上に僕に親しい態度を取る女性だって何人もいる。彼女はちゃんと礼節をもって、近からず遠からず、クラスメイトとして接していたよ」
「私にも」「俺にもだ」
第二王子と宰相子息、騎士団長の息子がそれぞれ発言した。
それに対してクリスティアーネ様はギリと奥歯を噛む。
「馬鹿をおっしゃらないで! 婚約者もいない平民が、ここまで高位貴族に近づくなんて、裏があるに決まってます!」
私には結局、婿候補が見つけられなかった。まぁ、店は兄が継ぐし、そのお嫁さんも素敵な人だし子供も生まれるしだから、実は必ずしも私は結婚しなくていいんだけど。
ちなみに彼女は新参貴族も平民と言う。
「たしかに彼女は、王城に仕えることを志望していたね」
「ほらご覧なさい!」
先生の一言に、我が意を得たりとニヤける悪役令嬢。だけど。
「その為に、王城に出入りした経験のある子息令嬢には積極的に声をかけていたな。ここにいる三方は特によく出入りしている方だから、比較的多めに声をかけていたようだが」
先生の証言は、やはり私の無実を語る着地点に行き着いた。同じクラスになった第二王子と宰相子息の生の証言は、王城勤務志望者には非常にありがたいものだ。ちなみにインタビューには私単独で行ったことはない。必ず他の王城勤務志望者と示し合って行く。つまり甘い関係にはなりようがない。
「私は父に補佐の仕事を教えていただいてますし」
「俺の婚約者、姫だから」
宰相の息子は、兄と同じように父親の補佐の仕事を学んでいるが、家は兄が継ぐため、本気で官僚への道を進んでいるそう。ツテがあるのだからと、卒業前に総務相の試験を受けて合格したそうだ。
騎士団長の息子は、彼の言の通り卒業後、第二王子の姉である姫君が降嫁され結婚する。彼らは恋愛婚らしく、暇さえあれば王城に通っていた。
「僕は言わずもがな。まぁ、三人共執務で学園に来る回数も絞られていたから、余計に目立ったかな」
そんな……そんな……、という悪役令嬢の声。彼女の顔は青ざめ、自分の不利を悟り始めていた。
「この婚約の破棄は、王と侯爵両名に了承されている。発表は卒業後だが……君は当事者だ。先に知っておくべきだろう」
それに僕自身から言っておきたかった。そう王子が告げると、さらに真っ青になって俯く。
「せめて王妃教育はきちんと修めてほしかった。民は我らを支える土台、貴族は柱だ。その上に立つ我々は、彼ら無くして立つことはできない」
とても悲しそうな目で語る第二王子。彼は兄である王太子を支えることを将来の夢としていた。一緒に支えてくれる婚約者を求めていた。
「土台は土台、踏みしめてこそですわ」
「適切な強度で適切な枠組みの中でね。君のアレは徒に崩していくだけのものだ」
王子妃にはふさわしくない。第二王子はそう断じた。
「そんな、そんな……私はこれからどうしたら……」
「君の悪名は王都では轟きすぎている。領地に帰り、ゆっくり休まれたあとは侯爵が良いようにしてくださるそうだ」
悪役令嬢は崩れ落ち、顔をおおって泣き出した。
私は……ざまぁみろ、としか思えなかった。
彼女からの嫌がらせは私だけじゃない。伯爵位以下の家の娘は大小あれど大概何かされていた。
家の権力を使うのは最終手段だが、本当にそれで学園を去った子もいる。私達を必死に庇ってくれていた伯爵令嬢もその一人。
彼女は今、第二王子の王子妃候補として王妃教育を受けている。王太子妃のサブとはいえ、重要な役目だが、彼女なら大丈夫だろう。
「マルティナ嬢。見守りありがとう。顛末を知らせてきてくれるかい?」
「はい、かしこまりました」
私は貴族令嬢の礼ではなく、王宮女官の礼をした。
顛末を知らせる相手は級友と、この後主として仕えることとなる王子妃候補の伯爵令嬢。級友には卒業後まで口止めすることになるけれど、彼女からの被害を被っていた全員に知る権利がある。きっと、大喜びするはずだ。
叫び始めたクリスティアーネ侯爵令嬢の恨み言を背に、生徒会室の扉を締めると、大きく息をついた。
「ざまぁされたくない、と思ってただけなのになぁ」
結局ここは小説の世界ではなく、小説の中の乙女ゲームの世界だったのかもしれない。そして友情エンドで終わりだ。
悪役令嬢は断罪され、領地に蟄居、後に私を逆恨みで襲撃しようとして逆に裏切られた盗賊たちに襲われる。
ここではどうなるかわからないけど……一応侯爵には第二王子を通じて忠告した。あとはもう任せるしかない。
「もう、あとは私自身の人生だもんね」
本当のマルティナ、というのがいたかどうかはわからないけど、私は後悔していなかった。生涯の主にしたいという人を見つけ、王宮仕えという夢も叶う。しかも王子妃付の女官という高待遇。
「最高の結果を貰えたんじゃない?」
自滅ざまぁされるヒロインに転生したかと思ったら、友情エンドのヒロインでした。
そんなことを考えながら、心配しながら待っているだろう級友たちの元へ駆け出した。
お読みいただきありがとうございました。
09/11〜09/25開催の『書き出し祭り』にと思っていたのですが、かなり短く終わってしまうので、投稿しちゃいました。
楽しんでいただけると嬉しいです♡