働きたくない。
鳴り響くアラーム。
二度寝防止用のもう一つのアラーム。
1日は今日も来てしまった。
家の中に響いて、アラームが二重にそれまで家の中で寝ていた男の耳に響く。
さっきまで気持ちよく寝ていたのに。
まだ気分は寝ている。頭の中は覚醒しているのに。
季節は既に暖かいのにまだ朝は肌寒い。自分という人肌によってそこそこ暖まった布団がこの上なく気持ちが良い。
世界が滅びないかな。
アラームはまだまだ鳴り響く。滅ぶのはお前が起きた後からだと言わんばかりに。
人肌が恋しいというが使っている布団というのは自分の体温によって温まる。つまり、この布団は人肌だし、恋人と言っても差し支えないだろう。
現実の人間の恋人はいないけど。
画面の中や本やポスターから出てきてくれないのである。
アラームの音を好きな音楽ではなく、デフォルトの音にするのは男の主義だった。自分の好きな音楽のせいで、不愉快な気分になりたくないからである。
起きたくない。
アラームは止めようとするが、寝坊防止のためにアラームの鳴る携帯と時計は離れた位置に置いてあった。止めるには布団から体を完全に出すしかない。そのためには恋人から離れる必要があった。
恋人から離れるなんてできるわけないだろう。
愛してるんだから。
まあ、現実の人間の恋人は存在しないのだけれど。
時間は過ぎる。アラームは鳴り続ける。頭は起きている。体は眠っている。
金縛りにあっているのでは?
いいや、ただの疲労です。
起きたくない。しかし、頭は起きていた。
もう朝だし、1日は始まっているのである。
なぜは朝は来るんだろう?
それは世界の理だし、歴史が進んでいる。
たったなんの変哲もない男が起きようが起きなかろうが、朝は来るのである。
そのように考えると段々と朝に起きる必要があるのかと思い始めてくる。
それでも起きないといけないのだけれど。
まるで産まれたての子鹿のように体を持ち上げる。
起きなければ。
なかなか立つことができない。
腕が、足がプルプルと震える。頭が重い。
動物番組で放送したら感動の瞬間として捉えることができるだろう。
だが、これは一人の男の朝の日常。感動の瞬間でもなんでもない毎日どこでも世界の人々で見られる光景である。
ああっ!
体力が持たず、男は体を崩した。そこに慰めるように恋人がもたれかかる。
まるで、もういいのよ、あなたは頑張ったんだからと、慰めてくれているようである。
でも、僕は起きなくてはいけないんだ!
男はもう一度力を込める。小さな歴史が生まれようとしていた。
プルプルと震える手足と体は今度はチワワのように見えた。何と弱々しい姿なのだろうか。
否、これは1人の男の姿である。
手足に力を込め、もたれかかっていた恋人を振り払おうとする。アラームたちも先ほどの高圧的な音すらまるで、1人の男が立ち上がろうとする姿を応援しているようにも思える。
産まれたての子鹿が自ら立ち上がろうとする。
がんばれ、がんばれ!
恋人は愛する1人の男が小さな歴史を生み出す瞬間を名残惜しそうに崩れていく。
男は立った。
男は自らの足で立ち上がったのである。
小さな歴史が生まれた瞬間なのである。
この朝に男は自らの二本の足で立ち上がったのである。
つなぎ止めようとする恋人を振り払い、立ち上がったのである。
なんと感動的なのだろうか。
なんと勇ましい姿なのだろうか。
その姿はまるで英雄ヘラクレスである。
その二本の足で地を踏んだのである。
男は短く刈られた髪を掻いて、一つ大きなため息をついた。
「働きたくない」