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二章22 『お願い⇒頼み⇒取引』

「時間って……どういうことかしら?」

「先程の放送から、何分経ちましたか?」

 問われた白鳥は、眉をひそめつつも目と腕だけを動かし、腕時計を見やった。

「……五分よ」

「そう、五分も経過している……。なのに持ち場についていない白鳥さまに、直接の連絡は来ていない。そうですね?」

「何が言いたいの?」

 横目でにらんで問うてくる白鳥に、ティアはにこやかに答える。

「白鳥さまは軍の中でかなり高い階級におわす方だそうで。確か……一等都佐及び第五部隊戦闘員副管理官でしたか?」

「その通りよ。よく知ってるわね?」

「事前に調べさせていただきましたので」

 白鳥の表情が硬いものに変ずる。

 主導権は完全にティアが握っていた。白鳥は彼女の手の平で踊っているに過ぎない。

 段々俺にはティアがとてつもなく巨大な存在であるように見えてきた。

 まるで、ロボットのように……。


「そんな高い階級の方がいなければ、実際の戦場ならばきっと大混乱です。白鳥さまの部下達は身動きもできないことでしょう」

「そんな無能な兵ばかりではないわ。学園都市の軍を舐めないでもらえる?」

「いえ、そのようなつもりはないです。むしろ日本に置いてここより高い軍事力を持っているとろこはそうそうないでしょう。ただ日本の民族意識といいますか。それがどうも能力の発揮を阻害するように思えてならないのです」

 一旦いったん言葉を区切り、ティアはらしくない冷笑を浮かべて言った。

「責任問題、ですよ」


 白鳥ははっ、とした表情になってティアを見やった。

「……まさか、実際の戦いは――」

「はい、起きていません。さきほどの放送は避難警報のようなものです。わたくしがお願いして流してもらったんです」

 呆気あっけにとられた白鳥の表情――きっと今の俺も同じような顔をしていることだろう。ティアは塗り固められたように笑顔を浮かべている。


「今回の戦闘は本番と同じように――という指示こそ出ているでしょうけど、そこまで実法じっぽう的な空気にならないように頼んであります。いつもより幾分かは緩い空気で行われているんじゃないでしょうか」

頼んである・・・・・って、どういうことかしら?」

「たとえば、鬼と呼ばれる教官には通常の業務を行うように、とかでしょうか?」

 白鳥の奥歯から、ギリッと鈍い音がした。

「どうしてポテンさんがそこまで、軍を意のままにできるのよ?」

「地理や公民、政治学のお話になってしまいますが、よろしいですか?」

 白鳥が黙していると、ティアは軽く鼻で笑って話し始めた。

「簡単な話ですよ。学園都市の身機のメンテナンスに使われる工具、サイボーグやアンドロイドの部品の大半がルーファから輸入されているんです。それを打ち切らない代わりに模擬戦闘訓練を行ってくれとお願いしたら、望み通りの結果になったんです」


 白鳥の頬をつうっと冷たい汗が流れた。

「脅し、ってわけね」

「いいえ。お願いですよ」

 部屋の気温が何度か下がった気がした。

 空調の設定は誰もいじっていない。

 肌寒さを感じているにもかかわらず、背を褪せ月合っている。

 あらゆる相反したファクターがこの部屋に存在しどこか――意外と近く――に潜んでいる気がした。彼等はきっと俺達のことをじっと見張っているのだろう。トランプカードに書かれたジョーカーやキングのように。


「白鳥さま。取引をしませんか?」

 改まった調子のティアに、白鳥はうんざりした顔で訊き返した。

「……あなた達を模擬戦の場に行かせる許可を出せってこと?」

「いいえ。それとは別のことです」

 白鳥はいぶかに眉をひそめた。

「他に何をわたしに期待しているの? 言っておくけど、一等都佐にできることなんてたかが知れてるわよ」

「いえ。わたくしが期待している肩書きは、そちらではありません」

 かぶりを振るティアを、しらとりまじまじと眺めやる。

「……戦闘員管理官の方ってわけ?」

 ティアは手を合わせて「はい」と答えてさらに顔をほころばせ、こくりとうなずいた。

「話が早くて助かります」

「ますますワケがわからないわ」

 白鳥は見せつけるように肩を竦めて言った。

「事前に下調べをしてるのならわかると思うけど、第五部隊なんていうのは落ちこぼれの集まりよ。指導員補佐みたいなことをしてるわたしにも責任はあるんでしょうけど、まあ今は関係ないわね。とにかくうちのメンバーなんかでできることはたかが知れてるわ」


「いえ、そうではなく。その第五部隊に入れていただきたい方がいるんです」

「なに? スパイでも潜り込ませるつもりなら、お断りよ」

「そうではなく、推薦すいせんですよ」

「へえ。優秀な子を紹介してくれるってこと? それはありがたいわね」

 つゆほども感情のこもっていない白鳥の言葉に、ティアはしっかりとうなずく。

「はい。いずれ第五部隊が軍を代表するエースになる日も来るやもしれませんよ」

「残念だけどわたし、そういう夢物語は好きじゃないのよ。悪いけど他をあたってくれる?」


 立ち上がろうとした白鳥の肩に手を置き、ティアはちょっと声量を高くして言った。

「本当に白鳥さまにとっても悪い話じゃないんですよ」

「どこの馬の骨とも知れないヤツをメンバーに入れろっていう話でしょ。そんなの無理に決まってるじゃない」

「いいえ。白鳥さまはすでにその方をご存知じゃないですか」

 一瞬、白鳥の全て――腕や脚、腰に頭、指先からまつ毛まで、過去の世界に取り残されたように停止した。

 それから彼女はこちらを見やり、一語一語の間を僅かに区切ったような調子で言った。

「まさか――」

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