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二章20 『長たる者の貫禄』

 ――ゥウウウウウッ、ゥゥゥウウウウウウウウッ!

 突如、天井から空気を切り裂くような電子音が響き渡った。

 凄まじい音に心身が一瞬麻痺まひしかける。目の前のティアも目を見開いて固まっている。


 何事かと白鳥に訊こうとした時、女性の余計な感情を一切排した声がアナウンスを始めた。

『――エマージェンシー、エマージェンシー。軍の周囲に敵部隊が出現、敵部隊が出現。出撃可能な者は直ちに出動し、指揮官の指示のもと戦闘に参加せよ。繰り返す、出撃可能な者は――』


 室外から大勢の人間が駆けだす、大粒の雨が降っている時みたいな足音が聞こえてきた。

 驚きから覚めた俺は今度こそ白鳥に尋ねた。

「おっ、おいっ、どういうことだよ!?」

「……聞いての通りよ。敵がここを攻めてきたようね」

「敵って……」

「わからないわ。ただ――」

 彼女は眉間に皺を寄せて目をすがめ、俺とティアを順に見やって言った。

「軍を攻めてくるってことはよっぽどのバカか、あるいは都市一番の軍力をも上回ると自負する身機を有しているか――。そのどちらかよ」

「お前の勘だとどうなんだ?」

「さあね。わたしはただ、前者であることを願うだけよ」

 俺は立ち上がり、出口へと向かった。


「どこへ行くつもり?」

 背中からかけられた声に苛立って俺は振り返った。

「決まってんだろ、戦場だよッ!!」

 白鳥は軽く肩を竦めた。

「必要ないわ」

「どうしてだよッ!?」

「今の天神くんでは戦力にならない。つまり邪魔なのよ」

 その一言が、グサリと胸に突き刺さった。

 俺が黙り込んでもなお、白鳥はやや語気強めに続けた。

「愛洲さんだからこそ、天神くんの手綱を握ることができる。他の人ではアナタの熱気にやられてバテてしまう。最悪、命を落としかねない。そんな人間を単身戦場に立たせたとあっては軍の名折れ・・・よ。おわかり?」

 俺は唇をかんでうつむくしかなかった。

 頭上から軽いため息が聞こえる。

「天神くんの気持ちは尊重そんちょうしてあげたいけどね。でもこればっかりは仕方ないのよ。軍ってのは、国のため、年のため、そして人々の安全のためにも、戦いのエキスパートでなければならない。ただ戦闘に勝利する竹で鳴く、精鋭の集団であると周囲に知らしめてこそ――ケンカを売ったらヤバイ相手だと思わせて、委縮させることこと、真の防衛であるといえる」


 何も反論できなかった。

 白鳥の言っていることが全面的に正しいと思ったからだ。

 もちは餅屋という言葉があるように、ずぶの素人しろうとがしゃしゃり出ていい場面じゃない。

 だからこの居ても立っても居られない気持ちを抑えていなければならない。

 指をくわえて事態の推移を眺めているしかないのだ。

 不満を押し込めるべく、自身に言い聞かせていた時だった。


「……だからじゃないですか」

 そうぽつりと漏らしたティアは。

 声のトーンを上げて語気強めに問い詰める。

「白鳥さまの言うように、軍の体面が保たれなかったからこそ、今ここが責められているんじゃないですか?」

「……どういうこと?」

 冷たく訊き返す白鳥にティアは口調を加速させ、ことで立て続けに斬りつけていく。

昨日さくじつ、軍は聖霊領域に出現した、たった一機の敵に先陣も本隊もなすすべなく壊滅させられました。それで軍なんて大したことがないと思われてしまったから、こうして軍の本拠地ほんきょちを直接攻められているんじゃないですか? 事実、今まで軍が攻撃されたことなど、囚人の脱走以外にありません。つまり今、前代未聞の事態が起きているわけです。それもまた、現状がのっぴきならないものだという根拠になりますよね? 敵の戦力がどのようなものかわかりませんが、浅薄せんぱくな考えで安易あんいに助力の申し出を断ってもいいものなんでしょうか。どうなんですか、白鳥さま?」


 はっきりと、全ての音が文字となって耳に残るような話し方だった。

 ティアは決して怒鳴ったり、相手を威圧させようと前のめりになっているわけではない。しかしその一語一語は確実に相手の思考の退路を断っていく。まるで詰将棋つめしょうぎのように。

 長いこと沈黙していた白鳥は、やがて「ヒュウ」とよく響くいい音を立てて口笛を吹いたのち、感心したような調子で言った。

「さすがね。国のおさたる貫禄かんろくがもうにじみ出てるわよ」

「お褒めのお言葉はありがたく頂戴ちょうだいしておきます。それで、どうですか?」

「どう、とは?」

「天神さまを、彼の望むままに戦場に向かわせていただくことはできませんか?」

 白鳥は腕を組み、唇をゆっくり舐め、眉間に峡谷のごとき皺を作り、床を天井を壁をとあらゆる方向へ睨むような視線を這わせていき、渋るように「でもねえ」と悩ましに呟いてうなった。

「やっぱりね、戦場に戦えずサポートもできないような人間を立たせる判断は私達軍人にはできないの。わかってもらえない?」

「そうですか」


 収めた言の刃は。

 一拍の間を置き。

 空気が固まった刹那、それを切り裂くがごとく抜き放たれる。

「天神さまを戦場に向かわせなさい」

 間髪入れず、ティアは返す刀でとどめの一太刀を白鳥に浴びせる。

「これは嘆願たんがんではなく、次期女王の命令・・・・・です」

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