二章16 『事情聴取にドンカツは出ない』
翌朝、俺とティアは軍の中にある取調室に呼び出された。
「ごめんなさいね、場所がここしかなかったのよ」
担当の白鳥は表面上は申し訳なさそうに言った。ただどこかウキウキしているようにも見える。
「あ、何か食べる? 出前取るけど」
「いえ、別にそんな……」
「朝ごはん食べたばっかっだしな。美味くなかったけど」
俺の言葉に白鳥はクスクス笑った。
「面白いわね、アナタ」
「そりゃどうも。普段はかつ丼とか出してるのか?」
「頼めば出るかもね」
「マジかよ……」
「だけどここに来た罪人は、二つだけ食べられないものがあるの」
白鳥は組んだ手に顎を乗せて目を細め、きゅっと口角を持ち上げた。
「食べられないものって?」
「一つだけ教えてあげる。それはね」
と前置きしてからちょっとの間、取調室は静寂に満たされた。コイツは体内時計を見やりながら俺達の様子を鑑賞しているのだろな――普通の相手なら邪推だろうけど、白鳥に限っては的外れではない気がした。
やがてたっぷりの沈黙の後に彼女は口を開いた。
「紅白饅頭の白よ」
「……でも源氏の政権もそう長くは続かなかったぞ」
「百二十年でしょ? 平氏よりは長持ちしたわ。それに人の人生なんてその半分ぐらいの時間だって信長も言ってたし」
「ちなみに平氏には平敦盛って武将がいたらしい」
「あら。すごい偶然ね」
ちょっと白鳥は目を見開いた。
ティアはささやかな応酬を繰り広げる俺と白鳥と視線を往復させ、苦笑を浮かべて言った。
「あの、そろそろ本題に入りませんか?」
●
さて。
事情聴取とは本来、聴き取られる側を少数にして行うものである。
聴取する側が二でされる側が一ということはあれど、それが逆転することはほぼない。
エンジュが真面目腐った様子で言ってたから、多分そうなのだろう。
理由としては、取り調べ中に対象が激高した際に取り押さえるためとか――最初からキレさせるような質問をするなという話だが――、相手の様子をつぶさに観察する者を横に置いておくためだとか、はたまた相手を適度に緊張させて首尾よく情報を引き出すためといった理由があるらしい。
ともかく、こうして二人一緒に受けるのは異例の措置なのだ。
「なんでそんなことが許されたんだ?」
「ティアが母国を経由して頼んだんだと。知ってたか?」
「いや」
俺とティアは事件の後ほぼ一緒にいたが、四六時中彼女のことを見ていたわけではない。
宿泊施設に来てからも風呂に入り直したり、用を足す時間もあった。もしかしたら俺が寝てる間に起きていたのかもしれない。そういった時間に連絡を取っていたのだろう。
「電話の内容を確認した限りだと」
「……盗聴か」
「そんな目で見るなよ。大体、今時通話内容なんて電話会社に問い合わせれば簡単に開示してもらえるんだ。その手間を省いただけさ」
「あまり趣味がいいとは言えないな」
「宿泊施設を見た時からわかっていたことだろ?」
俺は沈黙した。
ガキじゃないんだ、これ以上ごねたところで無意味だというのは自分でもわかっている。
しかしなぜか無性にイヤな予感がした。
その正体はわからない。しかし本能は話を先に進めるのをしきりに止めようとしていた。
「ティアの母国は彼女の頼みを聞き入れ、こちらにお願いをしてきた」
「参考までに訊くが、頼みとお願いの違いは?」
「頼みは築かれた信頼関係の間で行われ、お願いは無理を承知でも押し通そうとする我から発されるものだ」
「なるほど。それで、そのお願いを受けた軍の返答は?」
「イエスだ。特例で軍の取り調べであんたとティアを同席させることを約束した」
「特例、か」
「ああ。少なくとも学園都市では前例がないことだ」
「そんなにか」
「人間が二人いればロボットになるってんだから、そこら辺は必要以上に慎重になってしかるべきさ」
操呪者と身機。確かにこの二人がそろえば、囚われの身であっても脱獄のチャンスを作ることができるだろう。
「今まで囚人がロボット化した前例は?」
「こっちは一つあるね。幸い、監視者が総がかりで無力化に成功したが、以後は決して身機と操呪者を接触させないよう細心の注意を払ってる」
「なるほど。でも事情聴取は罪人じゃなくて、協力者だろ?」
「人の罪や企みを可視化するテクノロジーは、未だ開発されていないんだよ」
「…………」
エンジュは少し慌てた様子で言った。
「ああ、別にポテンを疑ってるわけじゃない」
「でも盗聴はしたんだろ?」
「誰にだってやるさ。たとえソイツが天神だったとしてもな」
「なあ、エンジュじゃなくて、軍はティアのことをどう思ってるんだ?」
「あたしは軍の人間じゃない。親しい人間は何人かいるけど、上層部がどう思っているかは想像しかできない」
「その想像を聞かせてくれって言ってるんだよ」
沈黙が流れた。空の雲を見ているような気分にさせられるような沈黙だ。その間に俺は生理的に十四回の瞬きをした。
やがてエンジュは大げさにため息を吐いて言った。
「ウジェーヌ=フランソワ・ヴィドックという男が味方にいたら、きっとお願いはできても頼りにはしない。つまりはそういうことさ」