二章9 『心身の変化』
――君、とっても可愛いね。
その言葉を受けた瞬間、顔が火を噴いたように熱くなった。
同じフレーズがぐるぐると頭の中で回り始める。
「え、あ、その、お、俺……」
ダメだ、目の前の黒と青の瞳を見ていると、体から力が抜けていく。
身も心も、火照って何も考えられなくなってしまう。
「コラ、あまり天神をからかうんじゃない」
エンジュが言うと同時に、ラムの顔が離れていく。どうやら肩に手をかけられて引っ張られたらしい。
瞳の戒めから解放され、ほっと息を吐く。
ラムはエンジュの方を見やって唇を尖らせる。
「何するんだい、人の恋路を邪魔して」
「こっ、こっ、恋!?」
せっかく落ち着いたと思ったのに、また心臓がやかましくなる。
「……ソアラ、大丈夫? さっきから、顔紅い」
「あっ、あっ、紅くなってなんかないし!?」
「おいっ、プログ」
「クスクス。すまない、すまない。可愛い子を見かけたから、ついついからかいたくなっちゃう性分でね」
自分の非を認めても、俺が可愛いという部分だけは頑なに変えなかった。そのことがなぜか無性に嬉しくなってしまう。
「……はあ。おい、天神」
「な、なんだよ?」
「あんた、当分は絶対に一人で外を出歩くなよ?」
「な、なんでだよ」
「ナンパされたらほいほいついていきそうで、危なっかしいからだよ」
「そっ、そんなわけないだろ!?」
「いやいや、ここはきちんとエンジュくんの忠告を聞いておくべきだよ。君はどうも惚れやすい性格のようだ」
「そ、そうだったとしても、男になんて……」
「絶対にないと言い切れるかい?」
オッドアイがすっと細められる。どうも彼女の目に、己が目が引きつけられてしまう。
「お、俺は別に、俺のままで……」
「嘘をつくな」
横からエンジュが割って入ってくる。
「天神、あんたは女子になってから少しずつ性格が変わってきてる」
「そんなこと……」
「あるんだよ。以前までの天神は、自分言っちゃ悪いが暴力的で、どちらかといえば自発的な性格だった。でも今は受け身に回ることが多い」
「きっとソアラくんの抱いている女性像に、心が近づいていってるんだね」
俺の抱いている女性像……?
「そっ、それならなおさら受け身に回るなんてありえないだろ。俺の一番身近にいた女がこのエンジュだぞ?」
「このエンジュって言い方はなんだよ、ああん?」
いきなり頬をつかまれて、ぎゅっと引っ張られは。いひゃい。
「ひゃっ、ひゃめろよっ」
「だったら二度とあたしをバカにするんじゃねえ!」
頬をつかむエンジュの手に、すっと手が伸びてきて。
「……暴力、よくない」
とアイスが静かな声で言った。
エンジュは舌打ちしつつ、面倒くさそうに返す。
「あのなあ、愛洲。暴力ってのはさ、必要悪なんだよ。適度な体罰であれば教育効果が高くなるって調査報告もあるんだぞ」
「それでも、ダメ」
「なんでだよ」
「……暴力は、悲しいから」
眉を八の字にして、俯くアイス。
結局エンジュは頭をボリボリ掻いて、俺の頬をぱっと放した。
「あー、ったく。わーったよ。今日は愛洲の顔に免じて許してやるよ」
「……なるほど、なるほど。エンジュくんも、智流くんの前では無茶はできないと」
「なんか言ったか、ラム?」
ギロッと睨むエンジュに、手を振って「いやいや」と否定するラム。
「そういや、もしかしてラムの名前って、ラムが名前でプログが苗字なのか?」
「ああ、そうそう、そうなんだよ。アメリカ生まれで、幼少の頃はそこで育ったんだ。まあ、日系の血が混じってるから、初対面の人はそんなことはほぼ気付かないけどね」
「……別にあなたの生い立ちとか、どうでもいい」
「やれやれ、そんなこと言わないでくれよ。そういう過去が今に繋がっていたりするんだからさ。例えば、通訳や翻訳関係の仕事を任されて、そういうのも上手くこなせたから年若くで実力がるうえに真面目だと思ってもらえたから、今の立場がある――とかね」
「やっぱり、どうでもいい」
早口のラムに、あくまでもゆっくり口調のアイス。
あらゆる面で、相いれないんだろうなと思った。
「アイスくんは相変わらず手厳しいね。報告書で君の名前を見かけた時には、イヤな予感がしていたけどさ」
「報告書ってのはなんだ?」
「決まっているだろう。昨日の聖霊領域でのことだよ」
言われて俺はピンと来た。
「あの身機との戦いか」
「ザッツライトだよ。君は勘も鋭いんだね」
「……今のはわかって当然」
なんかラムへのヘイトが若干俺にも向いている気がする……。
気にせず、ラムは俺の肩を抱いて言ってきた。
「本隊が十機がかりでも倒せなかった相手を、たった一機で倒してしまったって書いてあってね。しかもそれが落ちこぼれと聖霊領域の次期統領って言うんだから、驚きも二乗さ」
「やっぱり俺、そういう評価だったんだな……」
「ははっ、失敬、失敬。でも今や多くの人が手の平返しさ」
「どういうことだよ?」
「君はこの街の英雄、つまりヒーロー。いや……」
ぽんぽんと俺の肩を叩いて、ラムは言った。
「ヒロインさ」