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一章19 『斬、突』

 風が吹く。宙を裂くような鋭い音を立てて。


 向かい合う俺の身機と、デカブツ。

 空気がジリジリと焦げていくような――、あるはずのない空耳が聞こえた。


 緊張の一瞬のはずだ。しかしこんな状況下でもなお、アイスの心音は平常時と同じく落ち着いたままだった。熱い室内に短くない時間閉じ込められてすらいるのに。


 俺達の勝機は、デカブツがタックルをかまして態勢を崩した時に訪れる。そこへ一太刀決めれば、完全に壊すことはできずとも痛手を負わせられるはずだ。

 逆にもしもしくじれば――、反撃を食らってこちらが手痛い思いをするやもしれん。


 デカブツの攻撃を待っているが、動き出す気配はない。ヤツもこちらが仕掛けてくるのを待っているのだろうか?

 だがこちらから突っ込んでは、勝利の女神を仏頂面にさせてしまう。急ごしらえのコンビなのだ、まあ別段、俺にできることなどほぼないが、まだアイスが俺で何をできるか把握してないゆえ、立てられる作戦のバリエーションに限りがある、というのが正しいか。


 しびれを切らしたのか、デカブツは両腕を水平になるよう上げ。前のめりの姿勢になって駆け出し、なんとそのままこちらへ猛スピードで突っ込んできた、腕が当たるように。


 まさかこれは……ラリアット?


 意外な攻撃方法に俺は戸惑ったが、アイスはノータイムで身機を真横に大きくジャンプさせた。あくまでも初期の作戦通りに戦いを進めるつもりらしい。


 デカブツが俺のいた場所を通過していく。

 回避成功、あとは太刀で斬れば――


 バゴォオオオオオンッッッ!!!!!!

 ――は?

 思考回路がショートした。

 デカブツの手首より先が腕から離れ、とちらへ迫ってくる。煙を吐きながら、ロケットのごとく。


 えっと、これってまさか……ロケットパンチ!?


 ヤツ等は俺達がラリアットは躱してくると読んで、二段構えの攻撃にしてきたのだ。

「どどどっ、どうすんだよ!?」

 完全にパニックになった俺に、アイスは。

「問題ない」

 空虚な感情の詰まった声音で答え。


 俺を走らせ、同時に腕を動かす。

 フォンっと空気の切れる音。太刀を振ったのだ。

 途端、ロケットパンチが上下に真っ二つになる。それは直進をやめ、地面に落ちて行ったのだろう。背後からそんな音が聞こえた。

 すでに俺の体はそれを放った本体の前に立ち、小豆長光を胸目掛けて切っ先を突き立てようとしていた。デカブツはどうにか防ごうとしているようだが、間に合わない。


 引いた腕を思い切り前方へ押し出す。

 刀身が月光を舐める。切っ先は迷いなく胸へ突っ込む。


 あっさりと刀は装甲を貫き、胸のコアらしき場所を突き刺した手ごたえがあった。

 デカブツの紅い瞳の光が弱々しいものになっていく。腕がぶら下がり、だらんと揺れる。


 俺達が刀を抜くと同時に、デカブツは膝をつき、前のめりに一気に倒れていった。

 すさまじい音がして、地面が揺れる。


 しばし眺めていたが、起きる気配はなかった。

「勝った、のか?」

「……うん」

「我が身があの体内にて、生命の源に触れたという確かな実感を得た。間違いなく、その者が起き上がることはもうないであろう」

 自信に満ちた、上杉の言葉を受け、俺は自身の緊張が解けていくのを感じた。


   ●


 救急車やら、パトカーやら、消防車やら……。

 様々なサイレンが混じり合い、赤一色の光が聖霊領域を競うように照らしていた。

 事態の解決そのものよりも、後片付けの方がよっぽどやかましくなりそうだ。

 後の祭りという言葉が頭に浮かんだ。もっとも、問題は無事に解決したのだが……。


 そんな光景をアイスと並んで、山の上から眺めていた。

 変身を解いたらここにいたのだ。


 エンジュに居場所は連絡したから、すぐに迎えが来るはずだ。

 それを今は待っている。


「くちゅんっ」

 アイスが可愛いくしゃみをした。

「……可愛いって」

「え、あ……。く、口に出てたか?」

「何が?」

「い、いや、なんでも」


 笑ってごまかす。早とちりだったようだ。

 アイスはちょっと首を傾げていたが、少しして気を取り直したように再び言った。

「可愛いって、思ってた」

「……うんと、何が?」

「あなたのこと。……ソアラのこと」


 ドキッと心臓が跳ねる。

 アイスに可愛いって思われてた……。

 そのことが、無性に嬉しい。


 なんでだろう。確かに可愛いっていうのは好印象よりな言葉だ。でも以前までならそう言われたらなんか不満だったような気がする。

 可愛いよりも、カッコイイって思われたい。

 そんな欲求があったはずだ。


 だって可愛いってのは、あんまり頼りにされてない気がするし。

 やっぱり俺は誰かを守れる、強くて漢気おとこぎのあるヤツになりたかったのだ。


 それがどうだ。

 今は可愛いって言われただけで、ドギマギしてる。


「どうしたの?」

「い、いや、なんでも……」

 アイスはじっと俺の顔を覗き込んできたが、また。

「くちゅんっ」

「可愛い……」

 じゃなくて。

「体、冷えてるんだな。これ着ろよ」


 身機のサウナみたいなコクピットでたくさん汗をかいたからだろうな……。俺は罪悪感を覚えながら、自分の上着をアイスに羽織らせた。

「あ、ありがとう」

「礼はいいよ」


 アイスは上着の前をかき合わせて。

 心なしか、ほんのり頬を染めて言った。

「やっぱり、ソアラは男らしい」

「えっと……、そうかな?」

「うん。身機も強かったし、こういう気の利き方も……そんな気がする」

 すっと胸の内が冷え込んでいく。

 ……夜だからだろうか?


 俺も上着が欲しいなと、そんなことを思ってしまった。

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