一章18 『次期統領』
これは……なに?
抱きしめたい、じゃなくて……抱きしめられたい。
アイスに、ぎゅって抱きしめてほしい。
彼女の姿に、見とれてしまう。
可愛いと思う。
だけど、それだけじゃない。
汗を流して立つ姿から目が離せない。
立ち居振る舞いが、所作の一つ一つが脳裏に焼き付いてくる。
感情の薄い面持ちに、心が揺れ動く。
「……どうしたの?」
「えっ、へ?」
「急に黙っちゃったから」
「……あ、う、ううん、なんでもない」
首を傾いでいたが、アイスは特にそれ以上は訊いてこなかった。
「そ、それよりも、威力の高い攻撃って、どうするんだよ?」
「……聖霊」
「いや、ここは聖霊領域だろ」
「違う。力を借りる」
端的な言葉から真実を汲み取るのは、常人の俺にはちょっとばかしキツイ。
さらに問うてみようとしたが、その前にアイスが俺の体を動かし、何やら唱え始めた。
「――聖霊よ、我の呼びかけに応えよ」
と、唱えるやいなや、俺の眼前の空間がぼうっと霞み――ちょうどできそこないの心霊写真みたいな――、段々とそれは人の姿に変わっていった。
ソイツは白い布を被った女性だった。
美しい、と思った。肌は健康的に白く、唇は紅く引かれている。顔立ちがよく、目元もすっきりとしている。
重厚な和風の甲冑をつけ、袴のような形状のロングスカートを穿いている。
腰には長い刀を差している。鞘は黒く地味で、装飾などはほとんどついていない。
女性の格好は全体的に白と黒色が多く、それゆえに肩についている黄金の龍の飾りが目についた。
彼女が白い布をフードのように後ろへ外すと、一つ結びされた艶やかな黒髪がさらりと後ろに流れた。
その動作は洗練されており、絵になるなあと心を奪われかけた。
女性は宙に浮いたまま虚空に膝をつき、頭を垂れた。
「……上杉謙信、召喚に応じて見参いたした」
目の前の行為系に混乱しかけたが、その前にアイスが答えた。
「うん。わたしのことはわかる?」
「聖霊領域の次期統領様であるな?」
「そう。そろそろお顔上げてくれる?」
「おう」
上杉は顔を上げてこちらを見てくる。
その背後から、デカブツが前のめりに突進してくる。
「うぉっ、きっ、来たぞ!?」
「謙信、ちょっと武器になって」
コンビニでおやつ買ってきて、みたいなノリでアイスが言った。
耳を疑ったが、上杉は鷹揚にうなずいた。
「かしこまりつかまつった」
上杉は手を組み、目をつむる。
途端、彼女の体からふわりと青い光玉が立ち上りだした。
それは風に乗ったように流れ出し、俺の左手に集まってくる。
「一旦、回避する」
アイスが言うなり、俺の体は横へと跳んだ。
手に集まりつつある青い光もついてくる。
寸刻前にいた場所を、デカブツが肩で空を突き破るかのように直進する。
しかしターゲットを捕らえ損ねたヤツはまたもや態勢を崩しかける。
人並みにゲーム知識を蓄えた脳が「ああ、あれがアイツの弱点か」と膝を打った。
突進を躱した後、デカブツには隙が生まれる。後はそこに有効な攻撃を叩き込めれば倒せるだろう。
その武器が今、俺の左手に構成されつつあった。
それは細長く、緩やかに反り返っている。
上弦が薄く、下弦が厚い。
握り手らしき場所は楕円の柱となっている。
この形状、見覚えがある。
段々と色づき始めるにつれて、予感は確信に変わった。
これは――剣。
かつて日本の戦士が使っていた、近接戦闘最強と言われた武器。
侍と呼ばれし者は誰もが有していた。
大和魂の象徴でもある、日本刀だ。
巨大化した俺でも扱えるほどデカい。
刃は清冷なる光を放ち、切れ味の鋭さを物語っている。
手に取った瞬間、上杉謙信の意思が流れ込んできた。
「我が愛刀――小豆長光を模した姿を取らせてもらった」
小豆長光――触れたものを全て断ち切り、または脳天をかち割るとの説も持つ、幻の刀。
現在は行方が知れず、実物を見ることは叶わないが……。
「まさか、こんな形で見ることになろうとはな」
「……謙信。あなたは、あのロボットを断ち切ることができる?」
「次期統領の腕と、その身機の力があれば可能である」
やや挑発的な物言いに、アイスは淡々と返した。
「じゃあ、勝てる」
俺はサーチャーを使い、デカブツの弱点を精査した。
エネルギーの流れが見える。それが生成されている場所は――
「アイス、あのデカブツの胸のど真ん中。そこを狙え」
「わかった。ありがとう、ソアラ」
俺の手が刀を握り直す。
視線が真っ直ぐデカブツの姿を捉える。
一つになっていくような感覚があった。
俺とアイスが、身も心も重なり、溶け合っていくみたいな。
腰を落とす。
正眼に構えた刀の切っ先をデカブツへと向ける。
すっと息を吸い。
彼女は宣言した。
「聖霊領域、次期統領。愛洲智流――参る」