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一章16 『狂喜乱舞』

 エンジュから渡されたワイヤレスイヤホンを装着。意味があるかわからないが軽く屈伸とかして体を温めておく。


「ソアラ、準備できた」

「おう」

 呼びかけられて振り返ると、零四の黒い全身スーツに身を包んだアイスがいた。

 スーツはぴっちりとはりつきアイスのスマートなボディのラインを浮き上がらせる。ほぼ真っ平な胸さえも。


「……ソアラ、どこ見てるの」

 アイスの目が白いものへと変じていた。

 俺は慌てて手を振り、ごまかし笑いを浮かべる。

「あ、いや、な。うん、似合ってる。似合ってるぞ」

「ふーん……」

 ジト目は戻らない。うう、気まずい……。


「そ、そんな顔するなよ。これから一緒に戦う仲間だろ?」

「……まあ、そうだけど」

 そっぽを向き、唇を尖らせるアイス。完全にねてしまったらしい。


「なにやってんのあんた等は。行くならとっとと行きな」

 呆れ顔のエンジュが背中を押してくれた。

「そ、そうだな。さあ、搭乗とうじょうしよう、アイス」

「……わかった」


 渋々といった様子だったが、アイスは俺に背中を向けて、こちらに身を預けてくれた。

 俺は彼女を後ろから抱きしめる。

 とても小さな体だ。零四越しにじんわりと直接身に染みてくるようなぬくもりを感じる。まるで温泉の湯を肌から取り込んでいるみたいな。

 髪からは、さっきお風呂で使った苺のリンスの香り。甘い匂いを嗅いでいると、心が落ち着いてくる。


 なんだろう。やっぱり男の時とは、女の子の感じ方が違う気がする。

 体が燃え上がるというよりは、ゆっくりと温かくなっていくような。

 触れ合った肌と肌が吸い付いて、一つになっていくみたいだ。


 俺は変身のための文言もんごんを唱えた。


「我が身に宿りし魂よ、この身をただちに再構築したまえ」


 自分の声のはずなのに、すごい違和感。

 耳にしているとなんだかくすぐったい気分になってくる。


操呪士そうじゅうしを乗せ、悪しき化け物と戦う姿に」


 凛と響かせようとする女の子の声音。でも柔らかな余韻がある。


「肉も骨も共に砕きて鋼鉄の体躯へと変じ、いざ成らん」


 自分の体が泡に変じていくような――本当にぽこっ、ぽこっとした感じがして、紅い光が立ち上り始める。


「強大なる力を持ちし身機しんきへと」


 すっと声が空気に溶けていき、身が軽くなっていく。

 紅い光玉が俺の体から一気に溢れ出す。


 その光がアイスの体を覆い、浮き上がらせていく。

 五感の全てが、彼女へと向けられる。


 淡く色づく桃色のぷにっとした唇。覗いた白くきれいに並んだ歯。吐息の温かさ、湿り気、聴覚を蕩かす呼気の音。

 長い睫毛に紅い瞳。

 艶やかな黒く長い、触り心地のいい髪。

 柔らかくてもちもちとした、絹のように白い肌。浮き出た汗の塩辛さ。つんと刺すような柑橘類に似た酸っぱい香り。

 小さな手足――指先から根まで細く、手汗で濡れて、少し熱っぽい感じ。洗ったばかりでろくに拭いていないマグカップにお湯を注いだものの、表面に触れているようだ。

ほっそりとした脚に腕――筋肉がついているけれど絞っており、柔らかさはないものの華奢な感じがする。


 ほんの僅かな胸の柔らかさに、まだ成長途上のぷにぷにしたお腹。

 零四の下にあるはずの肌さえも、直接感じ入る。初めての感覚。とても滑らかで手で触れるにも、舌で感じるにも十分すぎる。吸血鬼は歯を立てることを躊躇うぐらい人体でありながらそのままで芸術的なぐらいの完成度。


 遠目から見るとやはり小柄で、肩幅が狭く、どの部位もヤワな印象を受ける。

 保護欲が掻き立てられ、きゅんと胸が締め付けられる。

 幼さと成熟の境にいるのだ、アイスは。

 熟す前の果実はしかし青臭さは決してなく、すでに芳醇な甘い香りを漂わせている。


 遥か昔、女の子は十歳頃にはもう嫁に出ていた。

 その姿に大の大人である男が恋心を抱いていたのだ。

 女の子は果実とは違って、いつだって柔らかく、その身の内に美酒のような人々を陶酔させる甘美さを備えているものなのである。


 その全てをまるで十の耳と二十の目、百本の手、千の舌、一万の鼻で俺は感じていた。


 ああ、戻ってきた。

 そう、この感覚だ。


 上下さえもわからなくなるほどの方向感覚の狂い。

 脳がチョコレート状の液体にでもなったようにどろっとしていくような感覚。

 血という血がすべからくマグマにでもなったように熱く。

 心の臓は電流を流されたようにドクドク激しく脈打つ。


 全身にドーパミンの雨が降る。

 今の俺――鉄の体にはないはずの口からはあ、はあと荒い呼吸が漏れ出す。

 いや、溢れている。

 アイスのいる体内の個室は今や、スチーム式のサウナになっていた。

 そこはかつてないほどの白い蒸気で満たされている。

 水は百度になると完全に沸騰するという。さらに温度が上がると一気に蒸発するようになるそうだ。

 そんな空間に人間が放り込まれれば死ぬのは道理だが、もし生き続けられたとしたら熱いのに汗を懸くことができないという、わけのわからないことになるだろう。

 今まさに、アイスがその状況下にいるように。


『おっ、おい、天神! 聞こえてるのか、天神ッ!!』

「……くっ、くはっ、ははっ!」

『今すぐ変身を解けッ! アイスが死んじまうぞ!!』


「ハハハハハッ、アーッハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!」


 力が……、力が溢れてくる。

 アイスの体から、無尽蔵にエネルギーが流れ込んでくるッ!!

 かつてない高揚感っ、俺は今ッ、最高に無敵だぜッッッ!!!!!!

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