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一章15 『力が欲しいか?』

 俺は眼前の光景をにわかに信じることができなかった。

 十機いたはずの本隊。

 それが今はもう、たった一機しか残っていない。


「……おっ、おい……。どうなってんだよ!?」

「そんなの、あたしが聞きたいっての……!」


 エンジュの声にも焦りの色が出ていた。


 精神力を総動員して冷静さを取り戻し、状況を分析すれば、あのスチームパンク気取りのデカブツに警備隊の九機が倒されたと理解はできる。

 だがその現実を俺はにわかに信じることができなかった。


 残りの一機が、勇敢にも――無謀という単語が思い浮かんだが、頭を振って追い出す――そのデカブツに挑みかかる。接近し、少し離れた場所で高く跳躍。左手に持ったグラディウスっぽい形状の片手剣を振りかぶり、やつの胸元目掛けて振り下ろす。

 しかしデカブツはヤツの頭を二本指で捕まえ、その攻撃を阻止する。

 警備隊の戦闘員は手足を振るうが、デカブツには触れることも叶わぬ。

 そのままヤツは戦闘員を地面に叩き付け、片足で勢いよく背を踏みつけた。


 ぽうっ、常軌特有の音を響かせてパイプから白い蒸気が上がる。

 デカブツの足が紅く光り、と同時に足元の戦闘員からミシッ、ミシッとイヤな音が鳴る。

 最後には小規模な爆発を起こして、戦闘員の姿はなくなった。


 あまりにも呆気ない戦闘に、俺達はしばらく声も出せなかった。


「……全滅、したのか?」

「そうみたい」

 アイスが端的な返答をよこした。

 俺は瞠目してそちらを見やった。

 彼女は今もなお無表情を一片も崩さずに浮かべていた。


「おっ、お前、自分の街が、壊されてるんだぞ!?」

「そうね。わたしが住んでいる……街が」


 なお言い募ろうとして、俺ははたと気付いた。

 アイスの膝の上にある、拳。

 それが細かに、微かに震えていた。

 ショックじゃないはずがないのだ。

 目の前の惨状に心を痛めていて……しかしそれを表に出そうとはしない。


 ここには、俺とエンジュしかないのに。それでもなお、アイスは己を律している。

 何が彼女をそうさせているのか……、俺にはわからない。

 でもどんな理由があるにせよ、こんな姿を見せられて知らんぷりなんて、できっこない。


「なあ、アイス」

「なに?」

「えっ、と……」


 言葉に詰まった。

 俺はアイスに、何を言ってやれるんだ?

 こんな立場も、背負っているものも違う、おそらく住んでいる世界も見ているものさえ違うこのエリア・ルーラーに。

 単なる一般人の俺ごときが、何を言ってやれるってんだ?


 何も思い浮かばぬ俺は、もう奥歯を噛みしめることしかできなかった。


「……このまま」


 ふとアイスは独り言ちるような口調で言った。

「このままわたしはただ、あのロボットに街を壊されてしまうのを、見ていることしかできないの……?」


 無表情の中に一点。

 目がきらりと、切なく光る。

 力のない、世界で一番切ない流れ星が頬を伝い、震えた拳に落ちる。


 ……ダメだ。

 こんな悲しい姿はっ、もう見ちゃいられない……!


「アイスッ!!」

 気が付けば俺は彼女の両肩を強くつかんでいた。


 目を見開き、何を言うでもなく僅かに口を開いているアイス。

 そんな彼女に、俺は問いかけた。


「力が欲しいか?」


 アイスは目をしばたき、繰り返す。

「ちか……ら?」

「そうだ、力だ。あのロボットと、戦うため――倒すための」

「……てっ、天神っ、あんたまさかッ!?」


 運転席からこちらに首を出し、叫ぶエンジュ。

 槍のように向けられた鋭い視線を、俺は真っ向から受けとめる。


「そのまさかだよ、エンジュ」

「どういう……こと?」


 困惑しているアイスに、俺は語り掛ける。

「俺はお前に、あのデカブツと戦うための力を――身機を与えようって言ってるんだ」

「それって、……あなた?」

 俺はうなずく。

「そうだ。俺の操呪士そうじゅしにならないか?」


「バカ言ってんじゃないよッ!!」

 顔を真っ赤にしてエンジュが怒鳴ってくる。

「愛洲はねっ、聖霊領域のいわばお姫様なんだよッ!? そんな子を殺したなんてなったらあんただって即刻死刑……ううん、そんな生ぬるいもんじゃすまないッ。きっと、死ぬより辛い目に遭わされるッ!!」


 その必死の訴えに、胸がチクリと痛んだ。

「ああ。だから俺はエンジュが許可してくれない限り、アイスの身機にはなれない」

「そんなのっ、許可するわけ――」

「エンジュの立場を、人生を危うくさせるわけにはいかないからな」


 彼女は言いかけた何かを忘れたかのように、しばらく無言でまじまじと俺の顔を見てきた。

「……あたし、の?」

「そうだ。もしも俺が失敗したら、保護者で教育者のエンジュだって、ただじゃ済まないはずだ。だからエンジュの許可なしに、俺はアイスの身機になることは……できない」


 長いような短いような沈黙が流れた。

 しばらくしてエンジュはやけに力ない嘆息を吐き、額に手をやって俯いた。

「あんたバカだよ」

「だろうな」

「そういう返事をするからバカって言われんだよ、バカ」


 微かな笑い声が、聞こえたような気がした。


 顔を上げたエンジュは、アイスの方を見やって言った。

「愛洲、エリアルーラーのあんたなら、うちの学校にいる問題児の話は聞いてるね?」

「……女の子の可愛さに興奮して暴走する、身機の男子?」

「げっ、俺お偉いさんの間でも話題になってんのかよ……」

「学園エリアのルーラーの子供だし、噂は耳に八足の動物が住むぐらい聞いてる」

 かなーり悲しい現実に、俺は暗澹たる気持ちにさせられた。


 エンジュはいつになく真剣な表情で、アイスに問うた。

「それでもあんたは、天神を身機に選ぶのか?」

「……わたしは」

 アイスは汗に湿った手で俺の手をつかんだ。

 さっきまで強く拳を握っていたからだろう、熱を感じる。

 俺はその手に己が手を重ねた。

 そして向けられた視線に、うなずきで返す。


 微かに、アイスが笑ったような気がした。

 彼女はエンジュへ向き直り、言い切った。

「わたしはソアラと一緒に、あのロボットと戦う」


 エンジュは相好を崩し、肩を軽く竦めて言った。

「わかったよ、行ってきな。だけど――」

 俺とアイスの顔を交互に見やり、エンジュは強い口調で命じてきた。

「絶対に、生きて帰ってくるんだよ」

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