7章7 『人の心は環境によって出来上がる』
病室を出たところで、待機させていたボルトが開発室の主任と話しているのに気付いた。
「……つまり、全員を蘇生させることはできないということですな?」
「パーツが足りなくなっちゃうんで」
「……人命より、大事なものはないと思うのですがな」
「そう言われちゃうと辛いんでー……。ただ、アンドロイドやサイボーグの開発費っていうのがバカにならないんで」
「というと?」
開発主任は耳の後ろをポリポリ掻いて言う。
「人間の脳と機械の体を連動させるブレインコネクターが、値が張るんで。これ一つで豪邸一つが都会の土地ごとセットで購入できちゃったり……」
「むう……」
ボルトが唸りながら首を傾げた時、わたし達のことに気が付いた。
「おお、王。お見舞いは終わりましたかな?」
「ええ。ところで、今の話って……」
「……うむ、ちょっとタイミングが悪かったようで」
ボルトに視線で合図を送られ、開発主任が話し出す。
「メイオウでは3ヶ月に一度のタイミングでパーツを仕入れて、アンドロイドやサイボーグの開発をしているのは、リーダーはもちろんご存じで……」
「ええ。……ああ、そういうこと」
普段は微動だにしないわたしの顔も、今回ばかりは眉根を寄せたようだった。
「なあ、どういうことだよ?」
じれったそうに問うソアラに、わたしが説明する。
「アンドロイドやサイボーグのパーツはとても貴重で、今はまだ簡単に作れるものじゃない。正規の方法だと注文から発送まで、半年はかかる。裏のマーケットじゃ、10倍の値段で取引されてる」
「……え、ええ? 一つで豪邸が建つようなものが、10倍?」
「いいえ。わたし達はいつもその10倍の方で買ってる」
「はっ、はあ!?」
ソアラが目を見開き、口をあんぐりと開ける。
「なっ、なんでわざわざ高値で購入してんだよっ!?」
「ソアラ。希少品を購入すると必ず足跡がつく」
「足跡……?」
パチパチと瞬きしているソアラは、とても理解しているようには見えない。
わたしは少し噛み砕いて説明することにする。
「販売数の少ないものは、当然購入者も少ない。つまりルートを辿られやすい。だから警察みたいな治安維持組織がその気になれば、その購入者の身元を簡単に割り出すことができる」
「……あ、そうか。メイオウは国家反逆を掲げてるような組織だもんな。正体をつかまれるとマズイってことか」
合点がいったように手を打つソアラに、わたしはうなずいて言った。
「反社会的集団がそういった希少品を入手する方法は、二つ。一つはフロント企業を用意すること」
「フロント企業っていうと……、ヤクザが金稼ぎのために表向き経営する会社のことか」
「そう。いわゆる企業舎弟。そこに購入することで、正規の値段で購入することができる」
「なるほど。メイオウにはないのか、フロント企業みたいなのは?」
「それに当たるのが、聖霊領域そのもの。正確にはそのエリアリーダー及び、直属運営組織の九重桜」
「じゃあ、そこを経由で買えばいいじゃないか」
「ところが、そうは参りませんのです」
わたしに代わってボルトが説明してくれる。
「聖霊領域ではそもそも、アンドロイドやサイボーグを作ることができない。ゆえに購入した時点で軍や国に怪しまれてしまうのですな」
「……作ることができない?」
「ふむ。実際に見てもらった方が早いですな」
ボルトはスタホを取り出して、しばし操作した後に画面をソアラに見せた。
スタホの画面には大勢の人間の黒髪頭が、荒れた海面のように揺れていた。彼等は頭に鉢巻をつけて、のぼり旗やら横断幕やらを持っていた。
ひっきりなしに怒声が飛び交っており、画面越しでもその場の険悪な空気が津波のごとく押し寄せてきていた。
『アンドロイド反対ッ! サイボーグ反対ッ!!』
『人の命を弄ぶなァッ! 生命への冒涜だッ!!』
『聖霊様が黙っちゃいないぞォッ!!』
ほぼ同様の内容が癇声で散々唱えられた後、動画は終わった。
静まり返った場の中、ボルトが軽く咳払いをして言った。
「これが聖霊領域に住まう、大多数の者達の意見でしてな」
「……なんか、デモみたいだな」
「みたいじゃなくて、デモ」
わたしはそう言い切って先を続けた。
「代々命の尊さを説かれて育った人が多いこの場所で、表立ってアンドロイドやサイボーグを開発するのは極めて無謀」
「な、なるほど……」
ソアラはスタホを見やったまま、怯えた様子でうなずいた。
「だけど身機に対抗しうる二種のヒューマノイド・ウェポンズは、今や必須戦力。確保しないことには勝利はあり得ない」
「じゃあ、どうすれば……」
「足跡がつくのは仕方ない。そう受け入れたうえで、振り切ればいい」
「ええと……?」
「追跡できないようにするということですな。今回の場合ですと、複数の業者を介して購入すれば露見しにくくなるというわけです」
「……ああ、そうか。取引の回数が多くなれば、途中で管理が適当……あるいはごまかしの上手いあくどいヤツがいるもんな。そこで煙に巻くってわけか」
「ええ。まあ、その分料金も違法なぐらいかさむのだけどね……」
わたしとボルトは顔を合わせて、お互いにため息を吐くなり肩を竦めるなりした。