7章6 『疑わしき者』
わたしとソアラは治療を受けているケガ人達の元を回っていた。
「ありがとっス。ソアラさんのお陰で助かったスよ」
「いや、大したことはしてないよ」
礼を言うメンバーに、謙遜するソアラ。
わたしはワケがわからずに訊いた。
「……なんのこと?」
「あ、リーダーは具合が悪くて倒れてたから知らないんスよね」
メンバーの子が勢い込んで、起き上がって教えようとしてくれたが。
「そのままでいいから」
わたしは慌てて止めた。
「あ、す、すみませんス」
「ううん。で、さっきのお礼についてなんだけど……」
わたしはちらとソアラの方を見やった。彼はさっきからなぜか、そっぽを向いてこちらを見ようとしない。
メンバーの子は少し興奮気味に話しだした。
「ソアラさんがスね――」
「あっ、リーダーちゃんー。それにソアラちゃんも~」
のほほんとした調子のモワンが出迎えてくれる。
カーテンの仕切りの中には、他にプリュスがいた。
彼女は顔を合わせるなり。
「リーダー、体大丈夫なの?」
と、わたしのことを心配してくれた。
うなずいてわたしは訊く。
「わたしのことより、あなた達は?」
「わたぁしは平気だよ~」
「アタシだって、全然へっちゃらなんだから」
「頭に包帯巻いといて、そりゃちょっと無理あるんじゃないか」
「う、うっさいわねアンタに言われる筋合いなんて……」
「お姉ちゃん、ダメだよ~!」
モワンがやんわりと、でもいつもよりやや語気強めに言った。
「今回はソアラちゃんのおかげで、みんな助かったんだから~」
「……そうね。悪かったわ」
「えっ、い、いやいや……」
ソアラが頭をバリバリと掻いて、気まずそうに言った。
「俺は特に、大したことしてないぞ」
「またまたー。大活躍だったよ~、ソアラちゃん」
「そう、ね。アタシも認めたくはないけど……。お手柄だったって言わざるを得ないわ」
わたしは恐る恐る二人に訊いた。
「本当なの? ソアラがみんなを指揮して、襲撃者と抗戦したって……」
モワンがふわふわとした笑みを浮かべてうなずいた。
「うん~。すごいその、て、て、てき……」
「的確って言いたいんでしょ」
「そう、それ~。さすがお姉ちゃんー」
「モワンがものを知らなすぎるだけよ。……でも、その通りよ」
プリュスがソアラを見やって続ける。
「コイツの指揮は、戦場に吹く風を操るみたいに、瞬く間にメイオウを優勢に――そして勝利に導いた。出してくる指示には無駄がなくて、相手の裏をかいて、こっち側の強みを最大限に引き出したわ」
「褒めすぎだって」
「事実よ」
心から褒めるというよりは、率直に事実を述べるような口調だった。
プリュスの目が、まるで探るようなものになる。
「なんだか、リーダーを思わせるような采配だったのよね」
ソアラが声に出しておかしそうに笑った。
「俺とアイスは違うよ」
「わかってるわ。でも、そう感じるのよ」
プリュスはサイドテーブルに置いてあった将棋盤――わたし達が来る前にモワンと打っていたのだろう――を見やり、飛車を手に取って言った。
「以前にリーダーと将棋を打った時みたいだった。数手先を見据えて、試合を進めていくような駒の動かし方。手の内を見透かしているような目つき……」
僅かな静寂が場を占める。
その間にプリュスを纏う空気が、さながら真剣の刃のごとき鋭利さを帯びる。
「不思議なのよ」
ソアラがゆっくりと首を傾げて訊く。
「何が?」
「どうしてあそこまで全てを完璧に読み切ったような采配ができたのに、こっちに戦死者が大勢出るような戦いになったのかが」
「相手もそれぐらいの強敵だったってことだろう?」
「本当にそれだけ?」
プリュスの声は冷気を発し、視線は槍のごとく鋭くなる。その二つはいずれもソアラへと向けられていた。
彼女はドラマに出てくる取調室の警官みたいな口調でソアラに問うた。
「アンタ、もしかして全て仕組んじゃないの?」
ピシリとヒビが入ったような音が聞こえた気がした。
その響きは破滅的な不安感を予兆として運んできた。
電波時計の数字が現実とズレて、砂時計の砂が上昇していき、太陽が闇に染まったかのような。
今まであった当然の事象が跡形もなく壊れてしまう――そんな前触れに思えた。
ソアラは傾けていた首を戻し、場の空気を気にした様子もなく、うんと気持ちよさそうに伸びをした。そんな様子をプリュスは油断なく眺めている。
頭上に伸ばしていた手を戻したソアラは軽く一息ついて彼女に訊いた。
「きっとお前はまだ疲れてるんだろうな」
「ごまかすつもり?」
「ちょっ、お姉ちゃん、もうその辺で……」
モワンが止めようとするも、プリュスはキッと睨んで黙らせる。
そのままの視線をソアラに向けて続けた。
「アンタ、以前も十分にイヤなヤツだったけど、今はもう顔を合わせると鼻が曲がりそうなぐらいに最悪よ」
「褒められてはいないよな?」
「自分で考えれば? その大層な策が詰まってる脳でね」
プリュスはそれからわたしを見て言った。
「リーダー、一つだけ忠告させてくれる?」
「なに?」
彼女は一片の冗談も混在しない、真剣な顔で言った。
「あまりコイツにばかり構ってると、いずれ底なし沼に沈んでいっちゃうわよ。リーダーも、メイオウもね」
わたしが呆然としていると、急ごしらえな笑みを浮かべたモワンが言った。
「あの、ごめんねリーダー。それにソアラちゃんも。お姉ちゃんはソアラちゃんが言ったみたいに、今はちょっと疲れてるんだよ~」
「俺は別に気にしてないよ」
「……うん、わたしも」
どうにかそう答えたものの、胸中は空気の抜けた風船みたいになっていた。