7章5 『心の支え』
一度、ソアラは真一文字に唇を結んだ。
その間は無論、無言ではあったが彼は視線によって問うてきていた。
本当にいいのか、言ってしまってもいいのか?
念を押すように、何度も何度も。
わたしはとっくに覚悟を決めていたので、ただじっと沈黙を守って彼を見つめていた。
ソアラは諦め気味に肩を落として言った。
「牢から出したことだ。……俺をな」
「ソアラを?」
彼は力なくうなずく。
わたしは予想外の答えに少し混乱していた。
「ソアラを牢から出すことの、一体何が悪い?」
「なあ、アイス。お前はバカじゃない。そうだろう?」
……わかっていた、彼の言わんとしていることは。しかしだからこそわたしは、真実から目を背けたがっており、認めるのを無意識に拒絶しているのだ……。
「俺はメイオウにとって、ただの捕虜だった。しかも唯一の家族とも言えるエンジュとも引き離されている」
ソアラは何か重たいものを吐きだすように息を漏らし、先を続けた。
「人質を取って言うことを聞かせようとするのは、長期的に見れば悪手でしかない。ソイツを繋いでいる首紐は、輪ゴムみたいにちゃちなものだからな。いつ切れたっておかしくない」
わたしは唇を噛んで俯いた。
彼の言ってることは、わざわざ諭されずとも知っている。長になる前に先代から教わっている。
けれども、あの時のわたしは……。
「……信じてた」
意思とは関係なく、口を衝いて言葉が出てくる。
「わたしはソアラなら、裏切らないと思った。メイオウに協力してくれると思った」
「どうしてだ? お前と俺はつい最近会ったばかりで、互いのことなんて深く知ってはいなかっただろ?」
「そう……だけど」
胸の内が、ズキズキと痛む。
もう、耐えられない。楽になりたかった。
「わたし――っ!」
一声を発した瞬間、心中の鎖がピシッと音を立てたのが聞こえた気がした。ずっとしまい込んでいた想いが、箱の中から出てくる。
「わたし、ソアラのことがっ……」
言いかけた、その時だった。
「ここにおられましたか、王」
声がして、わたしははっと吃驚して見やった。
いつの間にか王の間のドアが開いて、ボルトがこちらを見やっていた。
わたしの部屋のドアは長の持つカードキーでしか開かないが、王の間はボルトや他の幹部のものでも開くことができる。ソアラにもそのカードキーを渡していた。
「ソアラ殿からお身体の具合が優れぬとお聞きしていましたが、もう大丈夫なのですかな?」
「う、うん。もう平気」
ボルトは心底からほっとしたように胸を撫で下ろした。
彼が心配してくれていたことに、ソアラの時とは違った安堵を感じた。
けれども長として――王として、今はすべきことがある。
わたしは一度息を吸いこみ、気を引き締めてボルトに尋ねた。
「……無線であなたが言っていた、殉職者達のことだけど」
「はい」
「もう全員、治療や蘇生の見込みはないの?」
「残念ですが、人間としてはありません」
「そう……」
わたしは自身の握りしめた拳の震えを感じた。
今は部下の前だ、感情を発露させるわけにはいかない。奥歯をぐっと噛みしめて、その波が去るのを待った。
「人間としては……って、どういうことだよ?」
不思議そうに問うてくるソアラに、わたしは淡々と説明した。
「アンドロイドやサイボーグを発明した人達の動機……目的って、ソアラは知ってる?」
「えっ? いや、知らないけど……」
「人間を生き返らせるため」
さらっと言うと、彼は心底ビックリしたように目を見開いた。
「そっ、そんな……う、嘘だろ!?」
「ううん、本当。現に今の学園都市の上層部には、体を作り替えて生き長らえている人達がすでにいる。世間に公表していないだけで」
開いた口が塞がらない……、ソアラはそんな様子だった。
「ただまあ、その場合は身体強化方面には走らず、あくまでも延命措置として通常の人間レベルの運動能力で留めるようですがな。それに国家に反逆しないよう、色々と細工しているようですぞ」
「ここぞとばかりに盗聴装置を身体に仕込んで、会話は常に傍聴されている状態。おまけに目に映る光景も常に国家治安部隊――NSF|(National Security Forces)にリアルタイムで送信され続けている。プライバシーは完全に失われているようなもの」
「……そうまでして生き長らえたくはないな」
わたしは苦笑するソアラの顔をなんか可愛いなと、内心で微笑ましく思いながらも外面だけは生真面目というか、無表情で先を続けた。
「でもメイオウは独自の技術を持っている。身機の整備だけじゃなくて、アンドロイドとサイボーグの開発。死後24時間以内の死体からなら、脳さえ残っていれば生前の姿そっくりにだって作り上げられる」
「その場合は、アンドロイドの方になりますな。サイボーグの場合は厳密には戦闘機の部類に入りますので」
ソアラはわたし達の説明に呆気に取られているようだった。
「し、死体から……」
「ええ。国もやってること」
さらに彼は息を呑む。
わたしは少しの不安を抱き、ソアラに訊いた。
「わたしがいるのは、こんな世界。それでも、一緒にいてくれる?」
彼は色を失いかけていた顔をすぐに微笑に変えて、わたしの頭を撫でてくれた。
「ああ。もちろんだ」
ふっと肩の力が抜けた。
依存してるな……ソアラに。
自覚はあった。
でもわたしはきっと、ダメになってしまう。女の子のわたしより少し大きな、ソアラのこの手がなければ……。