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7章2 『希死念慮』

 死を象徴するものを打ち砕いた玄能の金槌で、自らの命を絶つ――なんとも奇妙な偶然に、こらえようもなく笑いが込み上げてくる。

 頭の上に掲げた金槌を振り下ろしかけた、その時。

 ノートパソコンのメッセージウインドウに突如として新たな文字が浮かんだ。

『Emergency, firewall is being attacked.』


 ……は?

 わたしは目を疑った。

 何者かにファイアーウォールが攻撃されているという。

 誰かがドアにハッキングを仕掛けているということだ。

 でもボルトにしては速すぎる、というか不自然だ。

 まず異常事態に気付いたら、無線機に連絡を入れてくるだろう。

 そうでなくても、真っ向からプログラムを解こうなんて端からしないはずだ。彼はわたしの三次元のプログラムをハッキングすることが難解であることを、重々承知している。だから力業でドアを破壊しようとしてくるだろう。


 なら、一体誰が……?

 わたしはノートパソコンを起動させ、部屋の前の監視カメラをジャックする。

 それを通じて様子をうかがった。

 ……我が目を疑った。

 ドア脇に設置されたカードキーの前に立ち。それにノートパソコンを繋ぎ、怖いぐらいに真剣な顔でキーを叩いているのは、他でもない……。

「ソアラ……」

 なぜか彼はわたしの事情なんてちっとも知らないはずなのに、傷だらけのボロボロな身体であるにもかかわらず、かつての稲葉いなば山城のごとく難攻不落の三次元のプログラムに挑んでいた。


 メイオウの技術者が束になって解読に本腰を入れても敵わないものを、たった一人で?

 ソアラがノートパソコンを持っているはずがない。アジトにいる誰かに借りたのだろう。

 その時に事情は話したはずだ。嘘をつく理由もないし、おそらく正直に。

 となれば、その時に事情を聞いているはずだ。わたしがプログラムを組めること、特に解読困難な三次元のプログラムを、ドアのセキュリティソフトの開発に使用していることを。

 それを聞いてなお、彼は果敢かかんに三次元のプログラムのハッキングをこころみているのだろうか?


 ……だとしたら、ソアラには悪いけど滑稽だ。

 なにせわたしはみずから望んで閉じ込められているのだから。決して助けられることなど、望んでいないのだから。

 敗戦こそしていないとはいえ、今回の戦犯は間違いなくわたしだ。

 おさいたまま行われた今回の戦いで、どれだけの戦死者がいたかはさっきのボルトとの通話で散々聞いた。そのおびただしい数は、彼等の名前を聞いている時間の長さといったら、聞いているだけで胸が痛んできた。


 罪悪感、悲しさ、苦痛、希死念慮……。

 餓死がしや脱水症状は辛いと聞く。栄養が足りなくなると、寝転がっているだけでも体の節々から痛みを発すると聞いたことがある。

 生物とは死に対する嫌悪感を生まれながらに身に着けており、人間の子孫たちはさらにそれを神話や宗教によって補完ほかんし、生きていることが素晴らしいことだと代々語り継いできた。

 おそらくあらゆる集落や国で、上層部の人間によってきれいごとで飾り立てられて。


 もっとも自分以外の人間に生きていてほしいと願う人というのは、他者によって支えられて悠々自適な生活をおくっているものである。

 つまり人生バラ色の富豪家の方々が気ままに生きていくうえで必要な雑務をこなしているのが一般市民。上層部の人間はそれを高みの見物で眺めている。

 抗議する者はほとんどというか、気付いてすらいないのではないだろうか。

 そんな人は滅多に傍にいないだろうし、いたとしても笑い話で終わっていそうだ。


 でもわたしは、そうは思わない。

 だけど信じたくもない。

 人間という種族が生きる希望を失くした同族から搾取して生きているなんて。

 誰かを利用することしか、考えていないなんて……。

 無論のこと、それが特大のブーメランであることは、すでに理解している。


 いつもみんなは「リーダーのためだったらなんだってする」そう言って優しくしてくれる

 しかし今回、彼等は気付いたはずだ。

「俺/わたしは、この女の都合のいいように使われている」と。

 何せそのリーダーが、戦いの場にいなかったのだから。


 戦いに出てこないへっぽこなリーダー……。

 いくら調子が悪いと嘘ついたところで、印象がよくなることはないだろう。

 冷静になったったメンバーは、一体何を思うだろうか。

 臆病者だったらまだいい。だが裏切り者だなんて思われた日には……。想像するだけで背中をだらだらと冷や汗が流れた。


 学園都市で行われた会議で、ある者が一般人のことをこう呼んでいたのをわたしは聞いたことがある。

生者せいじゃ奴隷どれい

 自分達のように高い地位にいる人間と、毎日を懸命に生きている人々をわざわざ線引きする意味が分からなかった。

 だが今なら、自身が一般の人々と近い精神状況になったからわかる。

 この状態で生かされるのは、相当に辛いだろう。とてもわたしには耐えられそうにない。


 だからわたしは手を組んでノートパソコンの画面、あるいはドアの向こうにいるソアラに願った。

 このままそっとしておいてほしい。

 無理に現実に引きずり出されるのはイヤだ。

 もうわたしは消え去ってしまいたいのだから、存在ごと……。

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