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7章1 『暗号のごときプログラム』

 無線を切ってから、わたしは布団をかぶってぎゅっと膝を抱え込んでうずくまっていた。

 さっきの会話が頭の中で何度も何度も蘇っている。

 目をつぶって、このまま意識が切れてしまえと願った。だがさっきまでたっぷりと眠っていたせいで頭の中は憎らしいぐらいにすっきりとしていた。胸中は締め付けられたかのように苦しくて、チクチクして痛いのに……。


 長として、こんなところで丸まっている場合ではないことはわかっている。

 戦いが終わったとはいえ、きっと今頃アジトの中は混乱しているはずだ。主導する人間を必要としているだろう。

 でも体が動かなかった。

 自分の心が無茶苦茶になっていた。悲しい、怖い、辛い、苦しい……。スパゲッティのように入り乱れたそれ等は、どの感情が何によって生まれたのかはわからなくなっていた。

 ただ一つわかるのは、この部屋から出たくないということだけだ。


 その一心がわたしに起こさせた行動は、ただ一つ。

 目の前で光を放っている、一台のノートパソコン。

 そこに記されている文字が語っている。


『Program is running.

 Room door is closed.

 Disable card key.』


 この部屋はもうわたしにしか開くことはできない。

 力尽くで開くことは並のアンドロイドやサイボーグ、身機には不可能だ。

 ハッキングで開くことだって、わたし・・・レベルでないと不可能だろう。

 学園都市でトップクラスのプログラマーやハッカーを複数人連れてくれば太刀打ちできないが、メイオウのメンバーじゃまずどうにもならないはずだ。


 わたしは幼い頃より暇さえあればプログラムを組み続け、才能にも恵まれていた。

 最初はただ趣味でやっていただけだったが、いつしか本職の人を遥かにしのぐ域にまで足を踏み入れていた。

 アジトで活用されるソフトも、いつしかおさであるはずのわたしが組むようになっていた。その方がバグが少なく、使いやすいかららしい。

 やがて通常のプログラムを極め切ったわたしは、独自の体系のプログラム用語を生み出していた。

 その名も、三次元のプログラム。


 通常のプログラムは命令文を英語で横書きしていくというもの。正しい知識さえあればプログラマー同士でも何が書いてあるかわかる。そもそもそうでないと、開発者本人がいない時に機能追加や修正するのに困るだろう。大多数の人が利用するものはある程度の普遍性が必要になるのである。

 だがこの三次元のプログラムは違う。

 縦横斜め、あらゆる角度で文字が混じり合い可読性を限りなく低くしている。さながら暗号のように。

 一例を挙げるとPlayとCommandのaをクロスワードパズルのごとくひっかけて重ねて、別の命令文を作っていく……といった感じだ。もちろん、その重なった文字も繋げていくと、ある命令になっていたりする。

 見た目はパンのグルテンのごとく複雑で、実際これをプログラマーに見せても読める人はそうそういないはずだ。

 ダミーも混ざっており、そこをいじると逆にプログラム側から相手の機器へハッキングを行うといったトラップも仕掛けてある。


 ただ三次元のプログラムを実行させるのに通常のプログラムが必要になる……という本末転倒な問題も存在する。しかしその通常のプログラムは三次元のプログラムで作られたファイアウォールによって守られている。それを突破することもまず三流なら不可能だ。


 電源を落とすという強引な突破方法もあるだろうけど、ひそかにこの部屋には室内及および周辺機器のみに有効な非常用電源を設置してある。大体3ヶ月は持つだろう。


 今は誰とも会いたくない。

 ……ううん、もう一生誰とも顔を合わせたくない。

 わたしはノートパソコンの画面に手を伸ばし、自身の作ったソフト『Amano Iwato』の名を指先でそっと撫でた。


 なぜ三次元のプログラムなんて実用性の低い――ハッキングされにくいという以外は共有性もなくソフトの開発なんかにはまったく向かない――ものを生み出したか。

 それはこういう時のためだ。

 自分だけが理解できるルールの中に閉じこもり、決して誰にも踏み入らせないようにする。

 その中で、誰とも会わずに過ごす。


 わたしはずっと待ち望んでいたのかもしれない。

 何者にも干渉かんしょうされず、心静かでいられるこの時を。

 絶対の安全が保障された空間で、一人きりでいることを。



 ベッドの下を覗き込み、シーツで隠された引き出しを開ける。

 そこには一本の金槌かなづちが入っていた。八角玄能げんのうかしらが大きく、頭蓋骨がきれいにかち割れそうなヤツだ。

 玄能にはサンドウィッチみたいな由来がある。

 その昔、玄能和尚おしょうが殺生石という生き物を殺す石をくだいた――という伝説。おそらくその際に、この頭の両端に尖ったところのない、玄能型の金槌を使ったのだろう。

 余談だが、殺生石は実在してそれ自体には殺傷性は鈍器として以外はない。その辺りに有毒性のガスが立ち込めやすいため、そんな迷信が信じられていたのである。


 わたしは金槌を手にノートパソコンとスタホ、そして無線機を見やる。

 室内で『Amano Iwato』にアクセスできるのは、目の前にある二台だけ。

 おまけにここはドア以外から出入りする手段のない密室。ダクトは外部からの音を殺すよう防音的な仕掛けがほどこしてある。きれいな空気しか入ることができない。

 アジトにいるメンバーの中で、三次元のプログラムを理解できる者はいない。そもそもメイオウのメンバーの中に一人だって解読できる人は存在しないだろう。


 つまり眼前の三台さえ破壊すれば、わたしは死ぬまで一人でいられる……。

 金槌を握る手に、湿った感触を感じた。

 手が滑らぬよう、強く握り込む。


 死ぬしかない。

 こんな無責任なわたしなんて――たくさんの仲間を見殺しどころか、寝こけていた長に生きる価値なんてないだろう。

 金槌を振り上げる。

 そして文字通りのライフラインを、みずから断ち切ろうとした……。

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