表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/117

6章10 『美味しくないとか、そういう次元の話じゃなくて』

「……そっか。大変だったな」

 他の人に言われたら、無神経な一言だと少しイラっとしたかもしれない。

 けれどもソアラの言い方は本当にわたしを気遣きづかって、いたわるような調子で心の底からほっとした。


 この人に優しくされた、甘やかされたい。

 心がぐらつく。

 でも警鐘の名残なごりが心に残り、迷いが生じていた。

 この人はヤバい・・・

 それと疑念――この人は、本当にソアラなのか……と。


「話してくれてありがとな」

 ソアラがふわりと微笑んでお礼を言ってくれた。

 目が合った瞬間、体温が燃え上がるように一気に上昇した。チロチロと頭の中で火が音を立てて着いたせいか。おそらく燃料は理性とか、落ち着きじゃないだろうか。

 わたしは高鳴る胸を押さえ、言った。

「お礼言われるようなことなんて、してない」

「そうか? 俺はアイスの思ってること聞けて、嬉しかったけどな」


 やめて……、心の中で叫ぶ。

 あなたに優しくされるとわたし、どんどんおかしくなっていって……、何も考えられなくなっちゃう。

 そう思うのに、合わさった目を逸らすことができなかった。


「少しは楽になったか?」

「うん」

「そうか、よかった」

 ソアラは湯呑ゆのみを手に取って、お茶を飲んだ。

 わたしもつられるように器を手に取り、初めて口をつける。

 好きな人のれてくれたお茶……。わたしはそれだけで、飲む前から幸福にひたることができた。


 しかし一口含んだ瞬間――

 吹き出しそうになった。

 ……………………マッズゥ。

 吐き気が込み上げてきて、口を押える。

 なんというか、渋みと酸味がケンカし合って微妙な苦味が生まれているというか。強烈な臭気が、口中でもわぁんと広がっていくというか。それが鼻へと上ってくるのだからたまったものではない。

 こんなにひどいお茶を飲んだのは生まれて初めてかもしれない。1000年の恋もこの一杯でめてしまうんじゃないだろうか、っていうぐらい。


「どうしたんだ?」

「う、ううん」

 わたしは慌てて――でもなるべく三半規管を刺激しないよう――かぶりを振り、どうにか飲もうとする。

 しかし口をつけるのも躊躇ためらわれる……。


 もしかしたらソアラって、お茶を淹れるのが……ものすごく下手へた

 あ、でもクッキーをがしたことがあるとか聞いたかも。じゃあ、抜けてるところがあるのかもしれない。

 もしくはお茶を淹れるのがものすごく下手、とか。


 いずれにせよ、わたしはこのお茶に対するある決断をくださなければいけない。

 残すか、飲み切るか――。

 瘴気しょうきでも入ってるのかっていうこんなお茶をあえて飲むのは、はっきり言って狂気の沙汰さたである。頭おかしいんじゃないのって他人事なら思う。


 でも……。

 わたしはお茶から顔を上げて、ソアラの顔を見やった。

 彼は不安そうな表情でこちらをじっとうかがっていた。

「……なあ。お茶、美味おいしくなかったか?」

「ううん、そんなことない」

 生まれて初めてかもしれない、自分の表情が素っ気ないものでよかったと思ったのは。

 わたしは深呼吸をして自分の気持ちを落ち着ける。


 一旦、落ち着こう。

 冷静になって、慎重に考えよう。

 迂闊うかつな判断は戦場でも、日常生活でも時に命取りになる。


 このクッッッソマズイお茶がいかにして生まれたか。飲んでも平気なものなのか。

 味の正体はまったくわからない。毒なんて今まで口にしたことないけど、それでももう少しマシなテイストをしてると思う。そうでないと毒殺なんて言葉がここまで普及することはなかっただろう。

 そもそもソアラが毒物を持っているはずがない。アジトに連れ込む際に身体検査をしたし、基地内のことだってまだわかっていないはずだ。譲渡じょうとは禁じられているし、持ち出しにはわたしか幹部クラスの人の許可が必要なのだから。


 まあ、それはさて置いて。

 飲んでも平気なのか……。これが一番怪しい。

 間違っても玉露じゃないし、普通のお茶でもない。

 口に含むなり吐き気と涙が出そうになるこれが、まともなものだとは思えない。

 だがソアラだって同じものを飲んでいるのだ。しかも平気な顔で。

 つまりこれは彼にとってはごく普通の飲料だということ。すでに一杯飲み終えているけど、特に変わった様子はない。


 ……ものすごく疑わしくはあるけど、飲んでも大丈夫なのだろう。

 わたしは恐る恐る器に口をつける。

 さっきの吐き気がよみがえり、体が硬直しそうになる。

 なんか体が冷え込んで、お腹の下あたりが冷え込んできた。

 逃げたい。今すぐこんなお茶なんて捨て置いて、部屋を飛び出して口直しにどこかへ美味しいものを食べに行きたい。いやまあ、食欲なんて今のところはないから、さっぱりしたものでも……。


 そう思いつつも、わたしの口は地獄を凝縮ぎょうしゅくさせたようなお茶を迎え入れ始める。ソアラを悲しませたくない一心で。

 一歩あやまったら昇天しそうな激マズテイストが心身をむしばみ始める。

 苦しむなら、一瞬で――!

 わたしは拒否反応する身体に鞭打って、一気にお茶を飲み下した。

 意識が、かすんでいく――。

 麻痺し始めた舌、しびれだす唇。

 涙が出そうになったが堪えた。汗は止めようがないが……。

 そのままわたしは吐き気と激闘を繰り広げどうにか勝利し、器をけることができたのだった。

 ……できることなら、もう一生飲みたくない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ