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6章6 『世界で一番』

 面会の終了時間が迫ってきた時、ソアラがお願いしてきた。

「なあ、ちょっとの間だけでいいからエンジュと二人きりにしてくれないか?」

「それは無理」

 わたしは取り付く島もなく、かぶりを振って言った。

「囚人との面会の際には、看守の他に立会人が必要。そういう決まり」

 心ないことを言ってるな――そういう自覚はあった。

 けれどもおさである以上、規則には厳格でなければならない。割れ窓理論のヒビに自身がなるわけにはいかない。


 ソアラは悲痛な表情でうつむき、なおも今にも消え入りそうな声で言ってきた。

「そこをどうにか……、頼めないか?」

 まるで雨の中、空腹の状態で餌を探し回っている猫を彷彿ほうふつと思い浮かべさせられるような――はたまた、羽に傷を負って雪の中に取り残されたつばめの子みたいに弱り切った彼の姿は、わたしの胸をズキリと痛ませた。

 迷いが心の中で芽生えた。

 メイオウが国に対して反抗しようとしているのは、聖霊を道具のようにあつかおうという非人道的なおこないが許せないからだ。


 もしかしたら、わたしが今していることも同じなのではないだろうか?

 長い間共に生きてきて、深い絆で結ばれた二人を引き裂いてしまっている、この状況。

 それを受け入れたうえで、たった少しの短い時間でもいいから、二人きりにしてくれという頼みを無慈悲にも断っていることが。

 まさに国と変わらぬ行為なのではないだろうか……。


 きっとソアラは、精神的に追いつめられている。だからさっきも、切羽詰まった様子でわたしに詰め寄ってきたのだ。

 平気な振りをしているけど、本当は早くここから出たいに違いない。エンジュとさえぎるものなく直接話したいはずで……、それをわたしが禁じてしまっている。

 罪悪感に押し潰されそうになる。


 いいじゃないか――そういう考えが頭に浮かんだ。

 別に少し二人きりにするぐらい。

 この面会室には当然、監視カメラがついている。

 プラ板を壊したり外そうと思えば警報が鳴る装置だってある。

 出入り口になるのは面会者と囚人、それと付添つきそい人がそれぞれ出入りするために作られた二つのドアしかない。強度は十分だし、身機にでもならない限りソアラが破壊するのはまず無理だろう。


 エンジュがため息混じりに言った。

「ソアラ、あまり無茶を言って困らせても――」

「待って」

 わたしは彼女の言葉を遮り、ソアラを真っ直ぐに見やった。

「3分だけ、というのはどう?」

 驚きからかソアラは大きく目を見開いた。

「い、いいのか?」

 わたしはできる限り深くうなずいた。

「ええ。わたしは今、ほとんど無辜むこの人を捕らえてしまっている。そのつぐないを少しでもしたい」

 わたしの本気がどこまで伝わっているかはわからない。

 それに一人で勝手に決めてしまったけど、ボルトに納得してもらえるかどうか――。


 緊張から激しく収縮する心臓のを聞きながら、俺は背後を見やった。

 成り行きをじっと眺めていたボルトは、かぶりを振って言った。

「ワシからは特に述べることはありませぬ、王よ」

「本当にいいの?」

「もちろんですぞ。ワシ等臣下しんかは、ただ王の決定に従います」

「ありがとう。それとその間、面会室の録音は停止させて」

御意ぎょいに」

 彼は頭を下げた後、無線機を取り出した。モニタールームに連絡を取ってくれるのだろう。


「何もそこまでしてくれなくても……」

 がらにもなく恐縮するソアラに、わたしは言った。

「気にしないで。わたしはわたしのやりたいことを、やっているだけ」

「アイスの……やりたいこと?」

 わたしは一度うなずいて言った。

「そう。あなたの望みをかなえてあげたい」


 もしかしたら、ただ自分のためにしているだけなのかもしれない。

 国と同じになりたくないから――という、つまらない意地のためだけに。

 だとしても、ソアラがそれで喜んでくれるなら……、きっと後悔しないと思う。


 わたしはソアラとエンジュの二人に、念入りに告げた。

「さっきも言った通り、あなた達にあげられる時間は3分だけ。それを過ぎたら、話の途中でも入ってくる」

「ああ、ありがとう。恩に着るよ」

 ソアラは心の底からあふれてきた喜びをたたえたような、光り輝かんばかりの笑みを浮かべた。

 わたしの心が少しぽっかりと温かくなる。


「じゃあ、部屋を出てから時間をはかるから」

 わたしはプラ板の向こう、エンジュの背後に控えている看守に視線を送った。彼は目を見開き『自分もですか?』とでも言うように自身を指差した。うなずいて返すと、了解の意を込めて敬礼した。

 わたしはボルトを目で促してドアを開けさせて、部屋の外へ出た。振り返って一度室内を見やった。ソアラとエンジュはまだ無言で見合っており、看守の姿はすでになかった。

 この部屋は今から彼等二人きりになる。


 まったく不安がないと言えば、嘘になる。

 それでもわたしはソアラを信じたかった。

 初めて会った日、優しくしてくれた。

 身機となり、共に戦ってくれた。


 決して裏切るはずがないと信じたい……。


 ううん、違う。

 わたしはソアラのことを、信頼しているのだ。

 友として、仲間として、

 ――世界で一番、愛している人として。

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