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6章5 『果たされる再会』

「言ってくれよ。俺とずっと一緒にいてくれるって」

 圧をかけるようなソアラの物言いに、息苦しさを感じた。

 肌がぞわっと総毛立っていた。


 今までに感じたことのない恐怖が全身を襲っていた。

 誰かに支配されている――心身を押さえつけられるように、無理矢理。

 こんなの知らない、知らないはずなのに……どうしてか、既視感を覚える。

 覚えのない記憶、それに触れようとした瞬間――


「おい、ソアラ」

 わたしでもない、ボルトでもない声が、ソアラのことを呼んだ。

 プラ板の向こうからだ。

 見やると、エンジュが看守に連れられて面会室に入ってきていた。

 やや顔色が悪い。まあ、それはそうだろう。あんな・・・ことを聞かされていれば毎日気が気でないだろう。彼女の心が休まる時はおそらくこの先、もう二度と訪れないだろう。問題を解決するまでは――


 エンジュはソアラをにらみやって言った。

「そうやって女の子に乱暴を働くとは……、天神らしくないな」

「えっ、あ……」

 ソアラはわたしの顔、次いで肩をつかんだ自身の手を見やった。それからわざとらしい笑い声を上げて、ようやく肩を放してくれた。

「すまん、すまん。ちょっと熱くなっちゃったな」

「一体、なんの話をしてたんだ?」

「いや、大したことじゃない。な、アイス?」

 同意を求められても、そもそもわたしはまだ状況を正確に把握できていない。大したことかどうかなんて、見当もつかない。

 しかしさっきみたいに乱暴にされるのがイヤで、わたしは考えるより先にうなずいていた。

 エンジュはこちらをジロッと見てきたが、やがて一度軽く息を吐きだした後、ソアラを見やった。


「久しぶりだね」

 肩肘張らないラフな挨拶をエンジュがした。

 ソアラは穏やかな笑みを浮かべ、うなずいて言った。

「ああ。どれぐらいぶりだ?」

「二日ぶりだよ」

「じゃあ、別に久しぶりでもないな」

「そうかもしれないねぇ」

 どことなく、二人の会話に違和感を覚えた。

 まるで台本に沿った、上辺うわべだけの会話のような――。

 今日はそんなことばっかりだ。まるで世界を動かす歯車が一つ入れ替わってしまったように感じる。


「エンジュ、そっちはどうだ? 何か酷いことされたりしてないよな」

「おかげさまで、今のところはな」

 彼女はこちらを見やって言った。

「ソアラは無事みたいだな」

 わたしが答える前に、ソアラが言った。

「ああ。ケガ一つない。一度身機になって戦いはしたけどな」

「……そうかい」


 エンジュはソアラではなく、ずっとこちらを見やってくる。警戒されているのだろうか。

「何かわたしに、言いたいことある?」

「……そうだな、いくつかある」


 エンジュは机に肘をつき、組んだ手に顎を乗せた。視線はこちらに向けたまま。

「そろそろアタシが戻らなきゃ、学園エリアでいぶかしむヤツ等が出てくるだろうさ。いくら我儘わがままで自由勝手で通ってたって、それなりに仕事はきちんとこなしてきたからね。無責任ってわけじゃないんだ」

「わかった。その際にはわたしとソアラも学校に戻る」

「ああ、頼むよ」


 しばし宙に視線を彷徨さまよわせた後、再びわたしに視線を合わせて訊いてきた。

「……プログはどうしてる?」

 記憶を振り返って、わたしは答えた。

「すでに軍に戻り、任務を再開してる。怪しまれてはいないはず」

「そうか。アイツは軍でも優秀で信頼されてるヤツだしな。メイオウではどういう評価をされてるんだ?」

「おおむね同じ。ただ、苦手としているメンバーも少なくない」

「ハハ、だろうさ。ちょっとムカつくところがあるからね……」

 乾いた笑い声を漏らして、エンジュは黙り込む。


 最初は何かわたしから情報を引き出そうとしているのかと思ったが、どうもそうじゃない気がしてきた。

 まるでわたしと話すこと自体が目的のような……。

 せっかく家族同然のソアラを前にしているのに、どうしてわたしばかりと会話して、こちらをずっと見てくるのだろう?

 気付いていないだけで、何か隠された狙いでもあるのだろうか……。


「なあ、エンジュ」

 ソアラがちょっと不満気に言った。

「どうしてアイスとばかり話してんだよ。せっかく俺が目の前にいるってのに」

「はあ? アンタと何を話せってのさ」

 やや喧嘩けんか腰に突っかかるエンジュ。


 ソアラも眉尻を上げ、負けじと言い返す。

「何って、一応はお前の児童だろ? 何か言うことがあるだろうが」

「アンタは児童でもなんでもないだろうに」

「おい、保護者」

「保護者じゃないよ。アンタの声聞いてるとイラッとしてくるから、あまり話しかけないでくれないかい?」

「うわっ、酷いな。さすがに傷ついたぞ」

 芝居がかった動作で胸を押さえるソアラを、エンジュが鼻で笑う。

「勝手に傷つけばいいさ。アタシは痛くもかゆくもないからね」


 かなり殺伐さつばつとしているけど、これがソアラとエンジュの平常運転なコミュニケーションなのだろうか?

 なかなか気疲れしそうだ……。

 でも、なぜか懐かしさのようなものも感じる。

 それと、胸中にぽっかりと穴がいたような喪失感を覚えた。


 どうしてだろう?

 ここじゃない気がする、自分がいるべき場所は。

 如何いかんともしがたい、無視できない違和感が胸の中でくすぶっている。

 けれどもそれをどうにかする方法を、わたしは思いつけない。

 今はただ、目の前に座っているソアラの背を見ていることしかできなかった。

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