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6章4 『突然の豹変』

 ソアラが帰ってくる前に、入り口からポーンと電子音が鳴った。誰か来たようだ。

 モニターを見やると、調整班の作業員である女の子が立っていた。

 わたしは通信を繋いで「わたし、アイス」と言った。

 作業員の子はビシッと敬礼して言った。

「調整班主任、めぐる様からの遣いです。メンテナンスした際のデータがまとまりましたのでお届けに参りました」

「ありがとう」

「いえ」

 わたしはドアを開いて、書類を受け取った。


 その際に、作業員の子がぽつりと漏らした。

「……いい加減、こうやってわざわざ印刷した書類を手渡すやり方は面倒臭いんですけどね。なのにうちの主任は……」

 反射的にわたしは「ごめんなさい」と頭を下げていた。

 作業員の子は慌てた様子で「あっ、いやっ、その!」と手を振る。

「うちの主任のせいであって、リーダーは関係ないですし……」

「いいえ。直属の部下であるめぐるの至らない点は、すべてわたしの責任。わたしが謝るのは当然のこと」

「ええっ……でも、その。リーダーに頭を下げられるなんて、そんな……あっ」

 作業員の子がふと思い出したように言った。

「主任が今夜、リーダー一と二人で話したいことがあるそうでで」

「内容は?」

「ええと。今回は言いたくないそうで……」


 わたしは思わず眉をひそめた。

 めぐるは用事があって二人で話したい時、メールであれ伝言であれ、その内容も一緒に伝えてくることが多い。

「……本当に何も聞かされてない?」

「はい。なんか深刻ぶってたし、一体どうしたんでしょうねえ……。ああ、しかも」

 思い出したように作業員の子は付け加えた。

「なんか、このことを他の人に言わないでほしいって伝えてくれって」

「どういうこと?」

「これも理由は聞いてないんですけどね。特にソアラって人には――」

「俺がなんだって?」


 ちょうど帰ってきていたソアラが作業員の子の後ろにいた。

 その子は「うわっ!?」と驚いたように振り向いて、慌てて手を振り言った。

「いいいっ、いやっ、その、何も言ってないです、何も!」

「わかったよ、俺は何も聞いてない。そういうことにしておこう」

「あ、ありがとうございます。ではリーダー、そういうことですので!」

 作業員の子は逃げるように駆け足で去っていった。


 ソアラは軽く肩をすくめ、ボルトを見やって言った。

お前・・は聞いてたよな」

「ええ。しかと聞いていましたぞ」

「じゃあ、そういうことだから。後は頼んだぞ」

「はい。うけたまわりました」

 ボルトはかしこまった様子で、まるでわたしにするようにソアラに頭を下げた。


 わたしは二人にそれぞれ視線を向けて言った。

「……何か、話してきたの?」

「まあ、軽い世間話をな」

「はい。つまらない話を少々」

 なんかみょうな空気だった。二人とわたしの間に見えない壁を感じる。


 まあ、いい。

 ソアラのことは信用すると決めているのだ。彼を変に疑うのはよそう。

 それよりも今は……。

「ボルト。今夜のわたしの予定は?」

 彼はぴくりと微かに右の眉を動かした。目ざとくわたしはそれをとらえる。

 これはボルトのクセで、何か書く仕事をしている時にするものだ。この後の発言には十分注意しなければいけない。


「……今夜は、守衛班との会議が――」

「それは明日の予定のはず」

「失礼しました。ええと――」

「なあ、アイス」

 ソアラがわたしとボルトの間に入ってきて言った。

「今夜は俺と、正装についてアイディアをまとめておかないか?」

「えっ……?」

 急な提案に、わたしは戸惑った。

 ソアラからの誘いは、嬉しくないと言えば嘘になる。

 確かにときめきは感じなくなったけど、大切な人であることに変わりはないのだ。

 ただ、タイミングに違和感を覚えた。

 なんだか今のはまるで、わたしの予定が空いていたら困るような感じだった。


 ふと作業員の子が言っていた言葉が意識下でリフレインされる。


『これも理由は聞いてないんですけどね。特にソアラって人には――』


 あれは文脈的に、ソアラには漏らすなと続きそうだった。

 ……彼には、何かあるのだろうか?

 めぐるはそれにかんづいて、わたしに教えようとしてくれたのではないだろうか?

 でも何かあるって、一体何が……。


「なあ、アイス」

 ソアラがわたしの肩をつかんで、ぐっと顔を近づけてくる。生温かい吐息が鼻にかかるぐらい、近くまで。

 その眼はイカロスの翼を無慈悲にも奪った太陽のごとく、爛々(らんらん)と輝いていた。

「俺はお前のことを大切に思ってる。お前はどうなんだ?」

 ソアラの手が、鋭い鉤爪かぎづめがついたワシの足みたいにがっちりと肩をつかんでくる。無表情の鉄面皮な女で通っているわたしでさえ、顔が歪んでしまいそうになるぐらい。

「いっ……、痛い」

「なあ、答えてくれよアイス。俺のことをどう思ってるんだ?」

 振りほどこうと思えば、やってできないことはない。おそらくソアラよりわたしの方が身体能力は上だろう。

 でもソアラのことを傷つけたくなくて、わたしは我慢しながら答えた。

「ソアラのことは、た、大切……」

「だったら、俺の誘いを断ったりしないよな? 俺の傍にいてくれるよな? なあ、アイス」

 まるで人が変わったかのような、威圧感と必死さ。

 一体、ソアラはどうしてしまったのだろう……。

 わたしの身体が、恐怖と不安で骨まで凍り付いてしまったように身がすくんだ。

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