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序章 『可愛い女の子が好きだ』

 森羅万象に存在する事物で、もっとも好きだという何かを一つ答えなさい。

 こう問われれば、多くの人は混乱することだろう。

 ただ俺は、好きという単語を聞いただけである事物を連想する。

 可愛い女の子だ。


 性格は子供に遺伝しないが、育て親の影響は大きく受けるらしい。

 特に幼い頃の親の接し方次第でパーソナリティの大部分が決まってしまうようだ。

 となれば今の俺は、アイツに心の大部分を作られたといっても過言ではないだろう。


 両親を亡くした幼い俺を、たった一人で面倒を見てくれた義理の父。現在いま、俺の保護者面をしているアイツの、兄にあたる存在。

 武鹿地ぶろくちルートという男だ。

 名目上はルートの親が俺を引き取ったことになっていたらしいが、実際に世話をしてくれたのは彼だ。


 基本的にはいい人だった。

 彼の妹みたいに暴力は振るわない温厚な人柄だったし、小遣いもずっと多かった。学業に関してはノータッチだったが、代わりに生きていくうえで必要な他のことは懇切丁寧に教えてくれた。そのおかげで炊事、洗濯、掃除は普通に生活を送るうえでは困らない程度にこなせるようになった。

 そもそも、あの破天荒な妹の兄を務めていたのだから、それだけで善人であると俺は評価したい。


 だが完璧な人間などといったものは存在しない。尊敬を集める偉大な人物も、何かしら欠点は抱えているものだ。

 無論、ルートにもそれはあった。

 彼は毎週、酷い時は毎日、違う女を家にかわるがわる連れてきては甲斐甲斐しく世話をしていた。

 育児がいるにもかかわらず、だ。


 しかもその女のほとんどが美人だった。性格もルートの妹よりはいいヤツばかりだった。

 女はルートに甘えながらも、俺のことをよく可愛がってくれた。時には熱烈なハグや、頬へキスもしてくれた。

 いつしか、今日はどんな人が来るのだろうと待ち遠しくすらなったものだ。


 そんな子供時代を送った俺は、無類の女好きになった。

 可愛い女の子を見かけるとつい抱きしめたくなったり、口づけをする妄想をしてしまったり、その子のことをもっと知りたくなってしまう。


 ルートがいなくなり、彼の妹に連日スパルタ教育を受けたおかげで大分マシになったものの、やはり今も可愛い女の子は大好きだ。

 身近にいるだけで幸せになれるし、もっともっと彼女のことを感じたくなってしまう。


 可愛い女の子が好きだ。

 彼女たちの笑顔は俺を幸せにしてくれるし、声を聞いただけで天にも昇ってしまいそうになる。

 だがそれゆえに。


 俺は今の俺が大嫌いだ。

 可愛い女の子を傷つけ、苦しめるだけの最低な存在。

 好きだという資格なんて、実はないのかもしれない。

 もしもルートのあの言葉がなければ、とっくに絶望に押し潰されていたかもしれない。

 この一言だけが、今の俺を支えてくれていた。


『好きなもので悩んでいるなら、その好きなものに救いを求めろ。そうすれば、悩みなんていつの間にか解決しているものさ』


 これが真実かどうかなんて、俺にはわからない。

 ただ少なくとも、この一言のおかげで俺は今も可愛い女の子が好きでいることができている。

 希望を失わずにすんでいるのだ。


   ●


「……というわけなんだ」


 俺は隣の黒い巫女装束の少女の方を見やった。

 ちょうど吹いた風が、二つに結ばれた黒髪をなびかせた。

 紅い瞳が見つめ返してくる。暗い闇を讃えた赤色だ。まるで焔が闇を吸ってしまったかのような。

 淡い桃色の唇が開く。


「わたしのことは?」

 無味乾燥な声音だった。

 翻訳サイトの音声の方がまだ感情的だと思えるぐらいに。

 俺が答えに悩んで長考していると、また訊かれた。


「わたしのことは好き?」

 さっきとまったく同じ調子。

 興味というよりは、義務のためという感じだ。

 ただそれは機械的な義務であり、人間が渋々こなすものとは違う。

 面倒臭いなとすら、少女は思っていないのだろう。プログラミングされたマシンがそれに従って行動している。それと大差ないのだろう。


 俺は頬を掻いた。

 頭上の青々とした葉をつけた枝を見上げた。だがそこに答えは実っていない。そっけない青空が向こうにあるだけだ。

 溜息を吐くと同時に、ぽろっと本心が零れ出た。

「可愛いって、なんなんだろうな」

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