そして僕らは… その9
次の日の朝。
フレイはまた町娘風の格好をして朝にアークのところへとやって来た。まだ朝が早いので噂好きな奥様方はまだ外で洗濯や井戸端会議をしていなかった。
見つからないように注意をしながらアパートの2階のアークの部屋へと向かった。アークの部屋のドアをノックした。しかし、反応はなし。仕方がないのでもう一回。でも、出てこない。まだ寝てるのかなと思いもう一度ノックすると3回目でようやくアークが出てきた。
「おはようございますアーク殿。」
「フレイさんか。ふわぁ。」
眠たそうなアークは寝ぼけ眼でフレイを部屋へと入れた。フレイがアークの部屋に入り、テーブルを見ると難しそうな文章が書かれた紙束と食いかけの安いが固くて不味いパンがあった。
「朝食中ですか?」
「まあな。」
「食事が済むまで待ってます。」
「いや、いいよ。食いながら話せば良いだろう?」
「アーク殿がそれで良いというのなら。」
「大丈夫だ。まぁ、取り合えずそこに座れ。」
アークは自分の座っていた場所の机を挟んで向かい側に座るよう促した。フレイは一礼してその場所に座った。取り合えず軽い会話をしようとアークは思いフレイに語りかけた。
「君ってアルフィーの侍女かなにかかい?」
「そうです。アルフィー様がまだ地方で暮らしていた時からの侍女です。」
「じゃあ、同じ町に住んでいたのか。」
「そうなりますね。」
「俺たちって会ったことある?」
「ちらりとお見かけしたことはありますが、面識はなかったと思います。」
にっこりとしたフレイを見てアークは最初はおどおどしていたのに今は王宮の人間らしく優雅さを感じる。なんというか可愛いなとアークは思った。
「では、確認させていただきますが、アーク殿は姫様のご希望を叶える手伝いをしてくださいますか?」
「昨日言った通り協力するよ。」
昨日の早朝にアークは訪ねて来たフレイに協力することを了承した。あの後、2、3時間悩んだが、結局自分の正直な気持ちとしても全力でアルフィーのために動くことにした。忘れていた性分を思い出した気分だった。
「では、アーク殿には早速やっていただきたい事があります。」
「なんですか?」
大事になるようなことではなければ良いがとアークは思った。昔の性分が復活しつつあるが、それでも今のアークは事勿れ主義なのである。
フレイは落ち着いた雰囲気で真っ直ぐな視線をアークに向けた。これはかなり重要な依頼なのだろうとアークは悟った。その真剣さにはこちらも応えなくてはと思ったのである。
「それは王立文書館でアルフィー様のお母さまについて書かれた文書、特に住んでいた場所について書かれた文書を見つけ出してきていただきたいのです。」
「そりゃまた大変な依頼だ。」
安いが固くて不味いパンを何とか噛みちぎり咀嚼しながらアークは言った。アークがそう言うのも当たり前で王立文書館に保存されている文書は厖大である。
「それで一人でやれと。」
「はい。露見させないためにもこの事を知るものは最低限の人数に絞らなくてはならないので。」
「はあ、まぁ、確かに大人数で調べるよりも学生が一人で調べものしている方が怪しまれないか。」
大学で研究しているのは事実だから嘘をついて取り繕わなくて良い。聞かれたら自分が実際にやっている研究と関連付けて説明すれば良いのだから気分的にもかなり楽である。こそこそしなくて良いのである。
「お願いします。」
そう言ってフレイは頭を下げた。毅然としたその態度に初めて会った時のおどおどした印象はなかった。王宮で侍女を勤めていることはあると思った。今のフレイはアークには歳上に感じるくらいの振舞いであった。彼女がいるのにアークはフレイに惹かれるところがあった。今だかつてこんな気品のある女性に会ったことはなく、初めて触れる人間である。アルフィーも王宮暮らしになってから長いだろうからこんな風に立派な王族になっているのだろうか。もう昔とは変わってしまっているのだろうかとアークは思った。今のアルフィーをちょっと聞いてみようかと考えた。でも、やっぱり聞かないことにした。変貌していたらショックだし、それにもう別れてから何年も経つので変わっているに決まっている。今更聞いてみてショックを受けるなら始めから聞かない方が良いだろう。
「よし、わかった。そっちは城からの脱出方法を考えてくれ。こっちは必ずアルフィーの母親の住んでいた場所を突き止める。」
「その心強いお言葉ありがとうございます。」
「じゃあ俺は明日から開始するために今日は王立文書館で調べものをする準備に入る。」
「はい!お願いします。では、私はここで失礼します。」
そう言ってフレイはアークの家から去って行った。
さて、アークは早速どのような理由で王立文書館を利用するのかを考えた。もっともらしい理由を考えておかないと何かあったら不審に思われる。基本的に王立文書館は出入りが自由だがスパイではないかと疑われると王国の特別警察に目をつけられる。アークの過去を調べられアルフィーと繋がりがあると知られたら警戒されてしまう。それは避けなければならない。だから自然な理由での調査をすることが肝要なのである。
しばし考えを巡らしていると思い付いたのは王家の魔力についての調査である。王族の魔力は一般の魔法使いより強い。その理由を探ることで古よりの魔法の原理を調べるというものである。そのために何気ない王家と魔力に関する記述を探しているということにしようと決めた。
そうと決めればアークは明日からの調査のためにそれらしい資料を作った。この調査に力を入れているのだと見せるためである。不自然には思われないようにしなくてはならない。以前からこの研究をしているのだと見せかけるのである。
このようにしてアークが明日からの調査の準備を始めている頃、王宮ではアルフィーがどう城を抜け出すかを思案しながら今日は朝から魔法の特訓をしていた。アルフィーも父が王様の王族の一員である。人並み以上の魔力を備えている。
「姫様は本当に優秀でございます。」
「そんなことはないよ。先生に比べればまだまだ修行が足りません。」
と、言いつつも内心アルフィーは得意気であった。アルフィーは魔法の特訓は好きである。外で身体全体を使いながら強力な魔法を使うのは気持ちいい。口うるさい他の妃たちを的としてイメージして打っ放すのはスカッとする。
「ファイヤーボール!」
アルフィーの突き出した右手の手の平からボール状の火炎が発せられる。木の的に直撃し木は激しく燃えた。燃え盛る木の的を見ながら魔法実技担当の先生は感嘆していた。この魔法に関するその才能は今の王族の中ではトップクラスだろう。これだけの魔力があれば女王として魔法使いの面では充分臣下からの尊敬を集めるだろう。他の学問ではどうかは先生は専門ではないので確たることは言えないが、他の先生方との話で推察するにアルフィーは充分王になる資格があろう。そう魔法実技担当の先生は考えていた。
ファイヤーボールがいい感じに決まったアルフィーは上機嫌になっていた。今までで一番良かったのではないだろうかと思っていた。王都に来る前から魔法は嗜んでいた。その時からよく誉められていたので得意になっていた。アルフィーは火魔法が特に得意であるが、最近は風魔法にも関心がある。風魔法を操れれば空も飛べる。空中散歩というのをアルフィーはやってみたかった。それに窓から外へ抜け出すことができる。これは新たなカードとなろう。町にこっそり遊びにも行ける。
ふと、アルフィーは思った。自分の部屋からこっそりと窓から外に出れば見つからずに城から抜け出せるのではないだろうかと。しかし、すぐにそれは無謀だと思えた。まず、たとえ抜け出せても食事の時とかに侍女が呼びに来る。食事は基本的に自分の部屋ではなくちゃんと食事する用の部屋で食べるのだ。すぐに脱走がばれるだろう。それに母の住んでいた場所が近場ならいいが、遠くだった場合やはりばれるし、空を飛んでいたら目撃されてすぐに追っ手に追い付かれるだろう。竜騎士なんかが出てきたらおしまいだ。近場ならまだなんとかなるかもしれないが、そもそも事情が事情なので母が王都周辺地域に住んでいたとは思えない。母が住んでいた場所についてはアークの調査結果を待つしかない。
「姫様。」
「なんでしょうか?」
「また、何かを企んでるのですか?」
「どうして?」
「何か考え込んでいるようなので、また、何処かへ遊びに出掛けようとしているのではないだろうかと。」
「うっ。」
これは危ない。アルフィーが考え込んでいるのを察し、疑ってきた。執事たちに話が伝わり警戒されたら脱走がやりずらくなる。ここは疑われないようにしなくてはいけないとアルフィーは思った。因果応報と言われればそうである。日頃の行いを悔いるアルフィーであった。どうにか話を逸らさねばと思った。
「いや、あのですね。」
「ますます怪しいですね。私は陛下から姫様の行動には目を光らせよと言われているのです。もし、不審な行動をとったら執事長に報告せねばなりません。ちくるようで気分が悪いので大人しくしていてください。」
「大丈夫よ。今は立派な女王になるために大事な時。そんな遊び呆ける訳には行かないわ。怠惰したらハルニエに追い越されてしまうわ。」
「なら良いですが。」
「そんなことよりも次は水魔法について教えてよ。」
「はぁ、臣下にとって姫様が城から抜け出すのは一大事であって、そんなことという話はではないのですが。では、次はウォータークリエイトを教えましょう。」
「わーい。」
アルフィーは無理して喜んでみた。まぁ、実際に水系統魔法も使えるようになりたかったので喜ぶ程てはないが、ここは誤魔化すために無理して喜ぶことにした。
「何だか演技臭いですが良いでしょう。」
多少訝しまられたが何とか話を逸らすことが出来たとホッとするアルフィーであった。




